【韓国昔話31】牛よりまぬけな大臣の息子
昔、まぬけな息子をもった大臣がいました。
大臣は、息子が自分の名前も書けないことを恥ずかしく思っていました。それで、書堂※の先生を迎えて、息子に読み書きの勉強を教えさせました。
先生は、熱心に勉強を教えました。ところが、いくら教えても、大臣の息子は文字一つ覚えませんでした。
書堂の先生は、あまりにもどかしくて、ひとり言をつぶやきました。
「おまえに教えるよりは、いっそ牛に教えたほうがいい」
その言葉を聞いた大臣の息子は、父親の所にタタタッとかけていって言いました。
「先生は、私より牛に教えたほうがいいそうです」
息子の言葉に腹を立てた大臣は、すぐに書堂の先生を呼びつけました。
「おまえは、無礼にも、大臣の息子をけなしたのか!」
大臣は、怒鳴りつけるように言いました。
「わたくしが、どうしてお坊ちゃんをけなすことができますか」
「何を言うか。おまえは、いっそ牛に教えたほうがいいと言ったではないか!」
「それは、いくら教えても、お坊ちゃんが文字一つ覚えないので、わたくしがひとり言でつぶやいたことです。どうして、それをけなしたと言うことができますか」
事のいきさつが分かったからといって、大臣は、書堂の先生をそのままにしておくことはできませんでした。
そうでなくても、召使たちが、息子を「ばか」とか「まぬけ」とささやいているところだったからです。
それで、大臣は、書堂の先生をこらしめて、召使たちの見せしめにしようと思って言いました。
「牛のほうが優れていることを証明してみせれば、けなしたとは言えないだろう。おまえは、それを証明してみせることができるか」
「どのようにせよとおっしゃるのですか」
「きょうから、牛に文字を教えよ。もし、十日以内で牛が文字を覚えれば、おまえを許そう。しかし、覚えられなければ、おまえに大きな罰を下そう」
そう言って、大臣は、召使に一頭の牛を連れてこさせ、書堂の先生にわたしました。
その日から、書堂の先生は、牛に文字を教えはじめました。
まず、牛の手綱をしっかり握りしめ、「天」と言って、腕をぐいっと持ち上げました。すると、牛はびっくりして、頭をぱっと持ち上げました。いきなり手綱を引っ張られたので、鼻がとても痛かったからです。
書堂の先生は、さらに「地」と言いながら、握った手綱を下にぐいっと下ろしました。今度も牛はびっくりして、頭をぐっと下に下げました。
書堂の先生は、毎日、何十回、何百回と、この訓練を繰り返しました。
すると、どうでしょう。
いつのまにか、牛は、「天」という声を聞いただけで、頭をぱっとあげ、また、「地」という声がすると、頭をぐっと下げるようになったのです。
約束した十日がたちました。
大臣は、召使たちを集め、庭にずらっと並ばせました。そして、自分は、広間の高い場所に座りました。
そこに、書堂の先生が、牛を引っ張ってやってきて、庭の真ん中に立ちました。
「どうだ、この十日間で、牛は文字を覚えたか」
大臣は、薄笑いを浮かべながら聞きました。
「ごらんください」
書堂の先生は、牛から離れて立ちました。そして、牛に向かって大きな声で叫びました。
「天!」
目をぱちくりさせて立っていた牛は、突然、頭をぱっと挙げました。
「わあ!」
召使たちが、歓声をあげました。
「地!」
再び、書堂の先生が叫ぶと、今度は、牛は、頭を下にぐっと下げました。
「わあ!」
召使たちが、また歓声をあげました。
「どうですか、これでも、『牛に教えたほうがいい』と言った私の言葉は間違っていましたか」
書堂の先生の言葉に、召使たちは腹をかかえて笑いました。
大臣は何も言えず、こっそり、その場からいなくなってしまったそうです。
終
※書堂‥‥子供たちに漢文を教える学習塾。日本の寺子屋のようなもの。