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2014年04月20日

【韓国昔話19】あの世にある蔵

【韓国昔話19】あの世にある蔵

 昔、全羅南道の霊厳村をおさめていた郡守が、突然死んで、「あの世」に行きました。

 科挙に及第して早くに出世した郡守は、知識もあり、権力もあり、名誉もあり、お金もある自分が、まだ若くして死んだことがくやしくて、閻魔大王に、もう一度「この世」に送り返してくださいと哀願しました。

 閻魔大王は、郡守をあわれに思い、「あの世」から出ていくように言いました。

 郡守は、閻魔大王に何度もおじぎをして、「あの世」の使いのあとについて出てきました。

 ところが、郡守は、「この世」に行く方法が分かりませんでした。郡守は「あの世」の使いにたずねました。

 「『この世』に戻るには、どうすればよいのですか」

 すると、「あの世」の使いは、不満そうに答えました。

 「ここまであなたを連れてくるために苦労した私に、手間賃として米三百石をくれるなら教えてあげよう」

 「あの世」の使いは、自分に無駄足を踏ませた郡守を、そのまま素直に「この世」に送り返す気持ちになれませんでした。

 「今、私は何も持っていません。どのようにして手間賃をさしあげればよいでしょうか」

 郡守は、困り果てた表情で聞きかえしました。

 「『あの世』にあるあなたの蔵から出してくればよいではないか」

 「はい? 『あの世』にある蔵ですか」

 「そうだ。人はだれでも『あの世』に蔵を一つずつ持っている。『この世』で徳を積むたびに、『あの世』の蔵に財物が積まれるようになっているのだ。どれ、あなたの蔵にはどれだけ財物が積まれているか、行って見てみよう」

 そう言って、「あの世」の使いは先に立って歩きだしました。

 郡守の蔵に着くと、「あの世」の使いが扉をぱっと開けました。すると、そこには、ひと束の稲わらがぽつんと置かれていました。

 「何だ、あなたは、郡守までつとめながら、一度も徳をほどこしたことがないようだな」

 「あの世」の使いがあざ笑うように言いました。顔が真っ赤になった郡守は、消え入りそうな声でたずねました。

 「それでは、どうすればよろしいでしょうか」

 「しかたがない。うむ、あなたは霊巌に住んでいた人なので、トクチンの蔵から借りて、手間賃を出せばよい」

 そう言って、「あの世」の使いは、再び歩き出し、ある蔵の前に来て扉を開けました。そこには、数百石の米のかますが積まれていました。

 郡守はびっくりして、「あの世」の使いにたずねました。

 「トクチンという人は、どのようにして徳を積んだのですか」

 「その答えは、あなたが『この世』に戻って自分で確かめてみなさい。ところで、この蔵から借りた米三百石は、『この世』に帰ったのち、かならずトクチンという娘をさがしだして返さなければならないぞ」

 郡守は何度も首をたてに振りました。このようにして、再び郡守は「この世」に戻ってきました。

 郡守はすぐに役人に命じて、トクチンという娘が村に住んでいるかを調べさせました。しばらくして、役人が戻ってきました。

 「村の入口に粗末な一軒の宿がありますが、そこに郡守様のさがしていらっしゃる娘が母親の世話をして暮らしています」

 役人の言葉を聞いた郡守は、トクチンという娘がどのようにして徳を積んだのか、直接見て確かめてみたいと思いました。

 その日の晩、郡守は、みすぼらしい身なりをして、その宿に行ってみました。

 「いらっしゃい。初めてのお客さんですね。こちらにお座りください」

 トクチンが笑顔で郡守を迎え入れました。郡守は、ほかの客と同じように、酒を注文しました。

 しばらくして、トクチンが酒とさかなを盛った膳を持ってきました。

 「いくらです?」

 郡守は聞きました。トクチンはにこやかに笑って答えました。

 「六文です」

 郡守は、とても安いと思い、トクチンにその理由をたずねました。すると、トクチンが答えました。

 「特別な理由はありません。ただ私たちは、貧しい人でも、のどをうるおし、ご飯を食べられるようにしてあげたいのです」

 郡守は、うなずきながら家に帰っていきました。翌日、郡守は、再びみすぼらしい身なりをして訪ねていき、

「お金を十両貸してほしい」

 と言いました。すると、トクチンは、少しもためらわずに十両を出してくれました。

 郡守は、少しめんくらいながらたずねました。

 「知らない人に、このようにすんなりお金を貸してあげて、もし返してもらえなければどうするつもりですか」

 「お金がなくて借りるのに、どうして知らないふりをすることができますか。お金がなければ貸してあげますし、もしお金ができれば、いつでもよいのでその時に返してください」

 トクチンの話を聞いて、郡守は、どのようにして徳を積むのか、なんとなく分かったような気がしました。

 次の日、郡守は、牛車に米三百石を積んでトクチンの宿に行きました。トクチンとその母親は、びっくりして郡守の一行を出迎えました。

 郡守は言いました。

 「私がいつ米三百石を借りたかは、遠い未来に分かるだろう。だから、安心して受け取りなさい」

 その日の晩、トクチンと母親は、米三百石をどうするかを話し合いました。

 結局、トクチンと母親は、その米を売って村に橋をかけることにしました。橋がなくて、村の人々が川を渡るのに不便をしていたからです。

 翌日から、川に橋をかける工事が始まりました。橋が完成すると、村の人々は、この橋を「トクチン橋」と呼んだそうです。

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