【韓国昔話16】農夫の牛を取り戻したオソンとハヌム
ある日、一人の農夫がオソンとハヌムを訪ねてきました。
「お坊ちゃんがた、うわさでお二人は神童だと聞いて、このように訪ねてきました。どうか私のくやしい事情を解決してください」
農夫は、鼻が地面につくほど頭を下げて懇願しました。
「くやしい事情があれば、役所の郡守を訪ねていけばよいではないですか。なぜ私たちを訪ねてきたのですか」
ハヌムが言いました。
「郡守様を訪ねても解決しないことなので、お坊ちゃんがたを訪ねてきたのです」
「そうですか。いったい何事か聞いてみましょう」
オソンは、農夫に事情を話してみるように言いました。すると、農夫が一部始終を打ち明けました。
数日前、農夫の妻が野原を歩いているとき、道端で用を足しました。
ところが、用便を足した場所は、その村の権力者である黄大臣の畑の隣であり、そのとき、ちょうど黄大臣がその道をとおりかかったのです。 黄大臣は、
「このように非常識な者がいるか。人の畑に小便をするとは。このけしからん女め! 私を侮辱している」
と言ってカンカンに怒りました。
自分の家の居間に小便をしたわけでもなく、道端で、それも肥やしの必要な畑に少し失礼をしただけなのに、老いた大臣はとても腹を立てました。それほど心がねじまがっていたのです。
案の定、老いたヘビのような大臣が、このことをそのまま見逃すはずはありませんでした。
黄大臣は、農夫の家によく働く牛が一頭いることを知っていたので、話は分かりきっていました。
「すぐに役所に行って棍棒でたたかれるか、おまえの家の雄牛を引っ張ってくるか、二つのうち一つを選べ!」
小便を誤って一度したからといって、雄牛一頭をささげろとは、このような不条理な話があるでしょうか。
しかし、力のない農夫の妻は、まずは助かろうという思いから、牛をささげますという約束をしてしまいました。
役所に行ってみたところで、郡守もたじたじになる黄大臣に勝つことはできなかったからです。
農夫は、それでもまさかと思いながら、不安で落ち着かない日々を送っていたのですが、けさ、黄大臣の家の下男たちが押しかけてきて、雄牛を引っ張っていったというのです。
「そんな悪い人がいるのか」
「まったく。どうしてそのような人がいるのか」
話をすべて聞いたオソンとハヌムは唇をぶるぶると震わせました。
「ですから、お坊ちゃんがたの頭を使って、牛を取り戻してください。私は、あの牛がいないと、とても生活ができません」
農夫は、涙ぐみながら、すがるように哀願しました。
「分かりました。どんなことがあっても、雄牛を取り戻しますから家に戻っていてください」
「本当にありがとうございます」
農夫が帰ったのち、オソンとハヌムは頭を突き合わせて、雄牛を取り戻す方法について考えました。
「よし。一度、このようにやってみよう」
オソンが一つの方法を探し出し、ハヌムに聞かせました。
「効果があるかどうか分からないが、とりあえず一度やってみよう」
ハヌムも相づちを打ちました。
翌朝、黄大臣が輿(こし)に乗って出かけることを知ったオソンとハヌムは、その通り道である黄大臣の家の畑の隣で待っていました。
しばらくして、黄大臣の輿が少し離れた所に見えると、二人は取っ組み合いのけんかを始めました。
「いや、どこの小僧が大臣様の行く手をふさいでけんかをしているのだ? すぐに道を開けろ!」
二人は、その言葉が聞こえないふりをして、けんかを続けました。黄大臣の輿は、立ち往生するするしかありませんでした。
「おまえたちが、漢陽(ソウル)から来たという子供たちか。ところで、どうして道をふさいでけんかをしているのだ?」
黄大臣が、輿の上から見下ろしながら言いました。
「はい、おっしゃるとおり、私たちは漢陽から来ました。ところで、私が歩いているとき、便意をもよおしたので、この畑に小便をしようとすると、この友人が、
『ここに小便をすれば、雄牛一頭を取られてしまう』
と言って、私をひきとめたのです。それで、
『そんなとんでもない話があるか』
と言って小便をしようとすると、それでもひきとめるのです。結局、そのせいで、私はズボンをぬらしてしまったのです。それでけんかをしていたのです」
オソンが一言一言はっきり言うと、黄大臣はぎくりとしました。
「私は、本当にこの村にそのような人がいると聞いたので、この友人をとめたのです。自分の畑に小便をしたといって、その人の全財産である雄牛を奪っていったということですが、もしや大臣様は、その話をご存知ではありませんか」
今度は、ハヌムが相づちを打つと、黄大臣は、わざとせきばらいをしてとぼけました。
たたみかけるようにオソンが言いました。
「見てください、この友人は、最後まで話にもならないことを言っています。もしそれが事実ならば、今回、暗行御史※になった私の叔父に申し上げ、こらしめてほしいと言うつもりです。しかし、いったい、そのようなひどいことをする人がどこにいるでしょうか、大臣様」
暗行御史という言葉を聞くと、黄大臣の表情がこわばりました。
「皆の者、家に戻るぞ。急に腹の調子が悪くなった」
黄大臣は、そのまま家に帰っていき、農夫を呼び出しました。
そして、農夫に雄牛を返してあげながら、このように言いました。
「私は、あなたの妻の行儀をしっかり直してあげようと思って、しばらく雄牛をあずかっておいただけだから、誤解をしないでほしい。あなたも考えてみなさい。まだ若い女性が通りでスカートをまくって用を足して災難にでも遭ったらどうする? 私に考えがあってやったことなので、そのように理解してほしい」
黄大臣は、つとめて笑いをつくりながら農夫の背中をたたいてあげました。
いっぽう、オソンとハヌムは、黄大臣に暗行御史が通じなければ兵曹判書、それも通じなければ領議政、それも通じなければ王様の名前まで借りるつもりでしたが、最初の段階で事が済んでしまったので、少し物足りない気がしたそうです。
終
※暗行御史:李朝時代,王命によりひそかに地方官の治績や非行を調査するために派遣された臨時の官職