【韓国昔話14】息子の背負子
昔、昔、老いた父親の世話をして暮らしている農夫がいました。
農夫の父親は、随分前に病気にかかって、起き上がることもできませんでした。農夫は、生活も苦しいうえに父親の世話までしなければならないので、とても大変でした。
農夫は、父親を見るたびに不満そうに言いました。
「あんなふうに食べて寝て、食べて寝てを繰り返しているので、まったく、赤ん坊と同じではないか」
農夫の妻も言いました。
「生きるだけ生きたのだから、もう死んでもよいでしょうに」
農夫と嫁が、そのように老いた父親をやっかいものあつかいするたびに、老いた父親の心は痛みました。自分のせいで、農夫と嫁が親不孝の罪を犯していると思ったからです。
ある日、老いた父親は、農夫と嫁を呼んで言いました。
「わしの面倒を見るのがそんなにいやなら、いっそのこと、わしを捨てるなり、水の中にほうりこむなりしてくれ。わしももう、これ以上は生きたくない」
父親の言葉に、農夫は、信じられないという顔をして聞き返しました。
「ほんとうにそのようにしてもよいのですか」
父親は、静かに答えました。
「動くことさえできれば、とうの昔に、自分の足でこの家を出ていっているさ。だから、心配せずにわしを山に捨ててきなさい」
翌日、農夫は、背負子を取り出してきて、人をのせられるように、背負子の手直しを始めました。老いた父親を山に捨ててくるためには、背負子で背負っていかなければならなかったからです。
そこに、農夫の息子が来てたずねました。
「お父さん、どうして、突然、背負子を手直ししているのですか」
「おじいさんを背負っていくためさ」
「おじいさんを背負ってどこに行くのですか」
息子は、不思議に思って、根掘り葉掘りたずねました。すると、農夫が答えました。
「わが家のような貧しい家では、おじいさんのような病人の世話をすることは本当に大変なのだ。だから、山に捨てにいくのさ」
農夫の言葉に、息子はびっくりしてしまいました。いくら貧しいからといって、自分の父親を捨てるなどということはありえない話だからです。
背負子の手直しが終わると、農夫は、部屋に入っていって、老いた父親を抱きかかえて出てきました。老いた父親は、農夫に抱かれたまま、目をじっと閉じていました。
農夫は、老いた父親を背負って家を出ました。すると、農夫の息子が、あとからついてきて、
「私も一緒に行きます」
と言いました。
農夫は、
「そうか、それならそうしなさい」
と言って、特に深く考えることもなく、息子も一緒に連れていきました。
しばらくして、山の奥深いところに行き着くと、農夫は、老いた父親を背負子から下ろしました。道がけわしく、森がしげっていて、それ以上奥には進めない場所でした。
農夫は、背負子にくくりつけておいた握り飯を、老いた父親の前に置いて言いました。
「おなかがすいたら、これを食べてください。私たちはもう行きます」
老いた父親は、そのときも、じっと目を閉じていました。
農夫は、父親の前に握り飯を置くと、すぐに背を向けて、後ろも振り返らずにひたすら山を下りはじめました。老いた父親の心が変わらないうちに、早くその場を立ち去ろうと思ったからです。
ある程度山を下ったとき、農夫は、息子に話しかけました。
「これで我々だけで暮らせるようになったなあ」
ところが、息子の姿はどこにも見当たりませんでした。
「あれ、どこに行ったのだろう?」
農夫があちこちを見回していると、息子が空になった背負子をかついで、息を切らしながら、農夫の所にかけてきました。
「何だ? なぜ、また背負子をかついできたのだ?」
農夫が聞くと、息子が答えました。
「私も、のちのち、お父さんを捨てる時に、この背負子を使おうと思ってです」
息子は、平然とこのように言うと、農夫の先に立って山をおりていきました。
農夫はぎくりとしました。そして、将来、息子が自分を山に捨てようとしているときの場面が、ありありと目に浮かびました。農夫は、ようやく、自分がどれほどひどいことをしたのかを悟りました。
「息子よ、私が悪かった」
農夫は、息子の所にかけよって過ちをわびました。
「過ちは、おじいさんにわびなければならないでしょう」
息子は、農夫を厳しくしかりました。
「おまえの言うとおりだ。すぐにおじいさんを連れ戻してこなければならない」
農夫は、老いた父親の所に走って戻り、ひざまずいて許しを請いました。
「私が間違っていました。どうぞお許しください。これからは正しく侍ります」
農夫は、老いた父親を再び背負子にのせて山をおりてきました。その後、農夫の夫婦は、心を込めて、老いた父親の世話をしたそうです。
終