『原理講論』には難しい言葉が使われている箇所が多くあります。そのため、意味がつかめなかったり、文脈からしてこうではないかと推測するものの、違った意味に捉えてしまうようなこともあります。そこで、難しい言葉に解説を加えてみました。
[ ]の中は、『原理講論』のページ数と、行数を示しています。一つの言葉に、二つ以上の意味がある場合、『原理講論』で使われている意味のほうに☆印をつけました。反対語は⇔で、参照は→で示してあります。
[117-5]終末(しゅうまつ)
キリスト教では、歴史の最終段階にイエスがこの世に再び現れることにより、従来の世界が滅び「神の国」が到来すると考えられている。
[117-8]罪状 (ざいじょう)
犯罪の内容。
[118-5]性稟(せいひん)
本来備わっている性質。
[118-5]み意 (みこころ)
神の意志。
[118-7]往々 (おうおう)
ときどき。しばしば。
[120-6]利己心(りこしん)
自分だけの利益をはかり、他人のことを顧みないこと。
[121-5]十戒(じっかい)
出エジプトの途上で、神がモーセを通してイスラエル民族に与えた十カ条の啓示。ユダヤ教の律法における中心的な戒律となった。
[121-8]祭司長 (さいしちょう)
ユダヤ教の儀式を執り行う人々の長。
[121-8]律法学者 (りっぽうがくしゃ)
ユダヤ教の律法の解釈を職業とする学者。イエスの時代に彼らの大部分は、イエスとその弟子たちを迫害した。
[121-12]該当(がいとう)
当てはまること。
[121-15]降臨(こうりん)
神仏、あるいはそれを体現した人が、この世に姿を現すこと。
[122-7]嫉妬心(しっとしん)
愛情や幸福などが他に向くのをねたみうらやむ感情。
[122-15]付随 (ふずい)
あることに付き従って起こること。
[123-4]有機的(ゆうきてき)
多くの部分が強く結び付いていて全体を形づくり、部分と全体が密接な関係をなしている様子。
[123-5]放任 (ほうにん)
成り行きに任せること。当事者の自由に任せておくこと。
[123-10]蹂躙 (じゅうりん)
踏みにじること。
[123-13]不義(ふぎ)
悪(サタン)の目的に役立つ生活的要素。
[123-15]発露 (はつろ)
現れ出ること。
[125-4]一括(いっかつ)
一つにまとめること。
[125-12]完遂(かんすい)
完全にやり遂げること。
[126-6]詳述 (しょうじゅつ)
詳しく述べること。
[126-15]拘束 (こうそく)
自由を制限すること。つなぎ止めること。
[127-1]起因(きいん)
それがもとになって起こること。
[128-13]高潮 (こうちょう)
物事の勢いの高まった状態。
[129-1]干渉 (かんしょう)
立ち入って世話をやいたり、口を挟んだりすること。
[129-7]完全無欠(かんぜんむけつ)
完全で少しも欠けているところがないこと。
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