「教会、やばそうだね。私には関係ないけど」
家庭連合に対する偏向報道が過熱していた1年ほど前、長女(当時中3)から言われました。
小学6年の冬、新型コロナの感染拡大によって教会に通えなくなって以来、さまざまな理由が重なって、娘は教会から足が遠のいています。
報道により、娘と教会を隔てる壁がさらに厚くなったのだと感じざるをえませんでした。
9月6日、質問権への回答が不十分だということで、文科省が家庭連合に対して過料を課す方向であると報じられました。
それは、解散命令の請求を裁判所に行うことを視野に入れたものだということでした。
『世界家庭』10月号で、中山達樹弁護士の著書『拝啓 岸田文雄首相 家庭連合に、解散請求の要件なし』の紹介記事を担当し、本書もひととおり読んでいたので、法律論として、解散請求がいかに無理筋なことなのかは理解していました。
しかし、映画やドラマで見たような世界が現実に展開され、「ここまでするんだ……」と驚くとともに、〝権力〟の恐ろしさを感じました。
悪霊の再臨復活、蕩減復帰原理、真の父母様の生涯路程……。これまでの信仰生活で、いかなることがあっても感謝して乗り越えるべき理由を学んできましたが、実際に、理不尽だと思えることが起きると、心を整理するのは簡単ではありません。
「しばらくは報道が激しくなるんだろうなあ……」と憂鬱な気持ちを抱えたまま自宅に着きました。
「とりあえず、きょうはテレビをつけないようにしよう」と考えていたとき、インターフォンが鳴りました。宅配屋さんでした。
実家から荷物が2つ届いていました。父の幼なじみが作った新米30キロと、母が、ご近所からもらった野菜や子供たちが好きそうなお菓子を詰め合わせたダンボール。
ダンボールにはアイスコーヒーも入っていました。実家に帰省したとき、私がコーヒーをよく飲んでいるのを見て以来、母は決まって、荷物にコーヒーを入れてくるのです。
実家に電話をして、母に荷物のお礼と子供たちの最近のようすを伝えたあと、家庭連合に対する報道が、これからちょっと騒がしくなるかもしれないと伝えました。
母は言いました。
「そうやなあ。おんなじジャーナリストさんが何べんも出てきて、解散、解散、言うとったわ。そやけど、私らは、あんたの言うことを信じるしかないやんか。いろいろあっても、家族みんな、元気やったら、それでいいに。頑張ってな」
母の優しさが身にしみ、ありがたくて涙があふれました。
私たちのことを信じ、応援してくれる人は必ずいる! その人たちのためにも、絶対に負けてはいけないと思いました。
父や母のことをふと思い出したり、電話で話したりすると、さだまさしの曲「案山子」のフレーズが心に流れることがあります。
元気でいるか 街には慣れたか 友達できたか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る
……
手紙が無理なら 電話でもいい
「金頼む」の一言でもいい
お前の笑顔を待ちわびる
おふくろに聴かせてやってくれ
親なる神様、真のお母様も、私たちのことをひとときも忘れることなく、このように心配し、懐に飛び込んでくるのを待っておられるのに違いありません。
これからも、素直な心、飾ることのない言葉で、祈りを捧げていこうと思います。
真