【韓国昔話27】マル(馬)とマル(言葉)
昔、ある士人※が、馬を買いに市場に行きました。
市場のあちらこちらを見てまわった士人は、気に入った馬がいないので、そのまま帰ろうとしました。
そのときです。後ろのほうから、力強く叫ぶ馬売りの声が聞こえてきました。
「この世でいちばん速い馬ですよー。さあ、買った、買った」
士人は、ふりむいて、声のするほうに行ってみました。
そこには、つやつやした毛並みの美しい馬が一頭、柱につながれていました。
士人は、ひと目見てその馬が気に入りました。しかし、馬売りの言うことが本当かどうかを確認してみたいと思ってたずねました。
「この馬は本当に速いのですか」
馬売りは答えました。
「もちろんです。私が乗ってみたのですが、この馬はひと息で十里走ります」
「ひと息で十里ですか」
士人は、信じられないという顔で聞きかえしました。
「私の言うことを信じてください。おそらく二十里も問題ないでしょう」
馬を売らなければならないという一心で、馬売りの声はさらに大きくなりました。
すると、士人は、
「それなら、この馬を買うことはできません」
と言って、きびすを返してしまいました。馬売りは、士人の前に立ちふさがって言いました。
「なんですって? なぜ買うことができないのですか」
士人は答えました。
「わが家は、ここから五里行った所にあるのです。それなのに、ひと息で十里走れば、家を通り越してしまうではないですか」
馬売りは、立ち去っていく士人の後ろ姿を見つめながら、大げさに言いすぎたことを後悔しました。
終
※士人(しじん)‥‥学問、教養を身につけた人。