【韓国昔話8】宰相のナシの木
昔、宰相(総理大臣)にまで上がって、王様に仕えていた人が、年を取って官職をしりぞいたのち、故郷に戻ってきて暮らしていました。その人には多くの弟子がいましたが、それは、その人の人格と学識がとても高かったからです。
ある日、一人の弟子が宰相を訪ねてきました。宰相は、裏庭にナシの木を植えていました。宰相は、弟子を喜んで迎え入れて言いました。
「よく来た。今回、地方長官になったという話を聞いたよ。どうか、賢明で、民を愛する地方長官になってくれ」
「先生のおっしゃるとおりにします。ところで、今、何をしていらっしゃるのですか」
「ナシの木を植えているのだよ」
宰相は、ナシの木を植えたところの土を、両手でぎゅっぎゅっと押さえました。弟子は、ナシの木が育ってナシが実るには、ゆうに十年はかかるだろうと思いました。
「ナシを取って食べられるようになるまでには、いずれにしても、長くかかるように思いますが、どうして‥‥。」
弟子は、すべてを口に出すことができませんでした。すると、宰相がさわやかに笑いながら言いました。
「はっはっはっ。君は、私が生きている間に取って食べられないナシの木をなぜ植えるのか気になるようだな。もちろん、今、木を植えれば、私が死んだのちにナシは実るだろう。そうすれば、木を植えた私は、このナシを味わうことはできないだろう。しかし、誰がナシを食べるかが重要なのではない。私の子供が食べることもあれば、隣の人が食べることもあるだろう。また、君が食べることもあるではないか」
「はい、そうですね」
弟子は、このように答えましたが、先生の言葉を深く考えることができませんでした。
いつしか、十年の歳月が流れました。山河も変わり、地方長官として一生懸命働いていた弟子は、高い官職につくようになりました。それで、漢陽(ソウル)に上る前に、宰相の家に立ち寄りました。
弟子は宰相に、ひざまずいてお辞儀をして言いました。
「先生、これまで、あまりおうかがいすることができず、申し訳ありませんでした」
「なに、かまわない。君が高い官職についたというので、かえって私のほうがうれしいよ」
このとき、宰相の夫人が、おいしそうなナシをたくさん盛って、入ってきました。
弟子は、ひと口、ナシを口に入れて、
「とても甘くておいしいナシです。どこで手に入れたものですか」
と聞きました。
すると、宰相は、にっこり笑いながら答えました。
「十年前、君が私を訪ねてきたときに植えていたナシを覚えているかね。このナシは、そのナシの木に実ったものだよ」
「はい?」
弟子は、とても驚きました。
宰相は言いました。
「昔の言葉に、『農業は、一年を見て営み、木は、十年を見て植え、人材は、百年を見て育てる』とあるではないか」
そのときになってはじめて、弟子は、未来に備えて子孫を考える宰相の知恵深さに強く感銘を受けたそうです。
終