光言社 編集者ブログ

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2018年05月31日

1歳の息子を見ながら〝人間の責任分担〟を理解

 育休から復帰して1か月がたちました。これからも皆さんに有益な内容をお伝えできるよう、『世界家庭』の編集に励んでまいります!!

 伝い歩きをし始めた1歳の息子(三世)を見ていると、「人間は刺激を好むように創られているんだな」と感じることが多々あります。
 柔らかいぬいぐるみよりも堅い積み木を投げては喜び、部屋の中央で遊ぶよりも隅っこにあるコンセントをいじって遊びたがる……。「それは危ないからやめて!」と思うことばかりします。本当に目が離せません。

 私は、小学校の頃は原理講義で「取って食べてはいけない木の実」の話を聞くと、「なんで他にもたくさんあるのに、わざわざそれを食べたんだろう」と思い、中高生になると「それは男女の愛のこと」という内容に、「いけないと言われているんだから、恋愛とかしなければいいのに。そんなことで神様は6000年も苦労したのか」と思い、大学生になると「待てば皆幸せだったのに、アダムとエバは、なんで時を待たなかったんだ」と思っていました。

 しかし、目をキラキラさせながら危ないことをする息子を見ていて、より重要かつ刺激的だからこそ、人間に与えられた責任分担が〝取って食べないこと〟だったのだと納得できるようになりました。

 「どうやって信仰生活を教えていくか……」と最近考えますが、私が食前のお祈りをしている姿をまねて手を合わせている息子を見て、「私自身が見本にならなきゃ!」と逆に教えられます。

  

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