共産主義の新しいカタチ 54

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

性別役割逆転の「神話」築く
続マーガレット・ミード➁

▲マーガレット・ミード(ウィキペディアより)

チャンブリ族の特異性を「発見」
 さて、ミードの不幸な「研究成果」は、恐るべきことに、サモアだけにとどまりませんでした。その極めて残念な研究とは、今日のジェンダー論者が有力な「エビデンス(証拠)」として引用する、いわゆる「チャンブリ族の研究」です。

 「チャンブリ(Chambri)族」とは、インドネシアの東に位置するパプア・ニューギニアのセピック川に近い湖に浮かぶ島に住む部族です。1935年、ミードは新しい論文『三つの未開社会における性と気質』(以下『性と気質』)の中で、「男女の性別役割が逆転した社会」の実例としてチャンブリ族を規定しました。

 これは後に、「性別役割というものがそれぞれの性別に固定的なものだとの主張を否定する事例」として、フェミニストやジェンダーフリー論者が好んで取り上げるようになりました。

 19311933年にかけニューギニアでモンドグモール族、アラベシュ族、チャンブリ族という、三つの未開部族を調査した内容を、ミードは『性と気質』に書きました。

 このうち、セピック河畔で半農半猟で生計を立て、男女ともに攻撃的積極的な性格で、子供の養育態度は、男女とも子供に無関心なモングドモール族。山岳地域に住み焼畑農業で生活し、男女とも穏やかな性格で子供の養育に強い関心があるアラペシュ族。そして、チャンブリ湖内の小島に住むチャンブリ族は、女性が主に漁撈を営んで生計を立てるため、女性は支配的な性格で男性は依存的な性格、子の養育では女性は授乳以外での子供への接触が少ないとしています。
 つまり、「男らしさ/女らしさ、および性別による役割分担は文化によって大きく異なる」という「結論」を、ミードは三つの未開社会の事例から導き出した、と確信したのです。

 ところが、ドナルド・E・ブラウンは『ヒューマン・ユニヴァーサルズ』(新曜社)の中で、「チャンブリの男性と女性」として、ミードの事実誤認を検証・指摘。このうちデボラ・ゲワーツの反証した試みの記述を挙げてみます。

 ゲワーツは、実際のチャンブリ族とミードの見た彼らを次のように再構成した。チャンブリの伝統的概念では、男性は攻撃的で、女性は服従的である。男性と女性の相互作用においては、彼らは普通はこの概念にしたがい、証拠の示す限りでは(1850年頃までさかのぼれる)明らかにそうだった。

 確かに、チャンブリの女性は、一家の稼ぎ手ではあったが、女性は「生産をコントロールすることは一度もなかった。というのは、より重要な取引きの決定がなされる政治的な駆け引きの舞台に出ることはほとんどなかったからである」。

 チャンブリの社会では女性が生産的な役割を担っていたけれども、その労働の産物をコントロールするのは夫や父親であり、彼らはそれを自分の(男たちの)地位を強めるために用いていた。ゲワーツは、ミードがチャンブリ族を調査したときと状況が変わったと考えるだけの理由を見出すことができなかった。

 ミードは、自らの労働の収益を渡すかどうかは女性に選択権があるとはっきり述べているが、女性が自分の権利を主張してものを渡さなかった例や自分の好きなようにそれらを分配したという例を挙げているわけではない。

 ゲワーツは、チャンブリ族の女性には「自分の生産物を誰に、どのような時に与えるかを決める自由はなかった」と断言している。むしろ女性は、生活の中で様々な男たち──夫と父親──の対立する要求の圧力の下にあり、男たちは、妻や娘に暴力をふるうこともあった。

 チャンブリ族の女性が優位だとしても、それはチャンブリ族の男性に対してではなかった。女たちは男たちと敵対することもあったが、それは「政治的な意思決定に何ら直接の権利を持たない危険分子の挑戦」であった。

また歴史性を顧慮しなかったミード
 ミードは「われわれの文化の男性と女性の態度が完全に逆転しており、女性が優位であって、感情的ではなく、仕切る側であり、一方、男性のほうは責任を欠き、情緒的に不安定であった」、「チャンブリ族では社会の実験を握っているのは女性であり」、「女性の実際の優位は男性の構造的地位よりもはるかに現実のものであった」と同論文で断定していますが、ブラウンは、ゲワーツの調査に依拠しながら、「チャンブリ族は近隣の部族との戦いに負けて長い間流浪の身となり、ほんの最近自分たちの島に戻ってきたばかり」という「時間的文脈」を、考慮に入れなかったと指摘しています。

 ここでまた出てきたのが「歴史的問題」です。それはミード自身が『性と気質』で記述しながらも、特殊な状況を顧慮せず、文化として一般化してしまったと分析しているのです。

「思想新聞」2024年2月15日号より

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