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共産主義の新しいカタチ 53

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

性別役割逆転の「神話」築く
続マーガレット・ミード①

▲マーガレット・ミード(ウィキペディアより)

 ミードがボアズ学派の新進文化人類学者、つまり「遺伝決定論(氏)」よりも「文化決定論(環境・育ち)」の重要性を代弁する実践的研究書として『サモアの思春期』がもてはやされたと先に述べました。

 しかし、その研究姿勢には問題があり、文化人類学のフィールドワーク(聞き取り調査)としては実際の社会に入り込む「参与観察」がいわば「王道」であったのに、たまたま冗談のような証言をする少女へのインタビューを「採用」してしまったこと、後に豪州の研究者デレク・フリーマンが長期間かけて研究することでミードの記述が誤りであることを突き止め『マーガレット・ミードとサモア』にまとめました。

 その際にフリーマンが援用したのが、科学哲学者カール・ポパーの唱えた「科学の反証可能性」です。これは「科学的知識は、科学上の命題や仮説は、それを反証しようとする種々の試みによって体系的に検証され、これらの反証の試みに持ちこたえられる限りにおいて、妥当な学説として受容される」ものが科学と言えるとする理論で、フリーマンが自著においてミードの報告が己れの理論とは誤っているデータを提示して、学問(科学)的に反証しようとするものでした。

▲カール・ポパー(ウィキペディアより)

 そこで示したのがサモアの宗教・習俗でした。ところが、フリーマンはサモアでミードが聞き取りを行ったという女性に取材し、「自分と友達はふざけてミードに自由奔放な乱交の話を聞かせ彼女をだました」と「狂言」だったという証言を得たのです。つまり、ミードのサモアでのフィールドワークが、サモア社会に直接触れたというよりは、人種的偏見の入り交じった白人の「印象及び伝聞」による要素が色濃く出ているということになります。

 すなわち、ミードは「自分の信念のために苦しんだり、特別の目的のために死を賭けて闘う者など誰もいない」と断言しましたが、実際のサモア人の男社会では「子供を含むあらゆる男性に求められる第一の美徳は、個人としての勇気、特にあらゆる種類の肉体的な戦闘における勇気」であり、サモア人は愛情に動かされるが、脅しには動じないのが、サモア人にとって誇り高き倫理規範と歴史であることを、さまざまな証言からフリーマンは浮かび上がらせたのです。

ロック《白紙説》援用したボアズ派
 英国の科学ジャーナリスト、マット・リドレーの『徳の起源 他人を思いやる遺伝子』(翔泳社)によれば、ミードの師ボアズは「人間の行動は、自然と教育の両方の産物であると考える代わりに、彼は対極に位置する文化決定論に走った。文化以外の何かが行動に影響を与えるという考え方を否定したのである。自説を証明するために、彼は人間性の全能性(分離された体細胞から全組織を再生する能力)、つまりジョン・ロックの《白紙説》を証明する必要があった。正しい文化を与えられれば、人間は嫉妬や愛情、結婚や階層のない社会を作り上げることができる」と説いたといい、「限りなく人間性を鍛え上げることが可能であり、ユートピアも存在しうるのである。そうでないと信じる人は救いようのない運命論者」という信念でした。この信念をリドレーは「逆自然主義的誤信」と名づけ、ミードもこれを持っていたというのです。

 ここでいう「ロックの《白紙説》」とは、17世紀英国の政治哲学者ジョン・ロックが「人間の心はタブラ・ラサ(白紙)である」と説いたことで知られます。明らかに「氏(生まれ)より育ち(教育・環境)だ」とする考え方です。

▲ジョン・ロック(ウィキペディアより)

 これは確かに、遺伝など生物学的要因が決定する「ダーウィン進化論」や「優生学」に対する一つの「反証」を提示でき、実際に学問的にもそうした批判が行われてきました。

 しかし、だからといってこの《ロックの白紙説》で全てを説明することはできません。むしろそれがまさにジェンダー論のイデオロギーとなってきた、あるいは利用されてきたことに気付かされるのです。

 例えば今日、人口に膾炙(かいしゃ/知れわたること)しているLGBT(性的少数者)の問題や、あるいは「ジェンダー平等」といわれている問題です。一般的には男性と女性という「生物学的性差」(セックス)と「男らしさ・女らしさ」という「社会的性差」(ジェンダー)があるといわれてきました。

 このうち後者のジェンダーは、「後天的に環境によって作られるもの」であるから、できる限りこれを決めつけるような文化・社会は「悪」である、そのためそれを「逆手に捉えることが称賛される」という風潮が「政治的校正」(ポリティカル・コレクトネス)として形成されるようになりました。

マネー医師の「実験」の犠牲となった少年
 このことを実際に行った極致が、ジョン・マネーという医師による「実験」で、生まれた時に男児を逆に女児として育てようとし失敗した記録が『ブレンダと呼ばれた少年』という書籍として残されています。

▲ジョン・マネー(ウィキペディアより)

 それは今日のまさに「トランスジェンダー」のはしりと言えるものでした。この「実験」が罪深いのは、本人の「意思」とは無関係に、性差を無理やり逆転させようとした、いわば完全なる「児童虐待」と言えるおぞましいものでした。

▲『ブレンダと呼ばれた少年』(扶桑社)

 しかし今では、トランスジェンダー特例法は「差別」だといって性別適合手術など不要で、生物学的性とは関係なく「性自認」によって自分がなりたいと思う性を宣言することが認められてしまうという社会になりつつあります。

 これはまさに、ミードらのイデオロギーの実現した社会といえ、先天的なものとは関係なく、後天的に何にでもなれるという今日の風潮を生んでいます。

「思想新聞」2024年2月15日号より

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