2025.02.28 17:00
心情開拓
心霊を育てる生活原則(197)
原理を生活化するために、李耀翰(イ・ヨハン)先生(1916~2019)が信仰のイロハを日本人の心情を分析しながら説かれた講話集、「心情開拓~心霊を育てる生活原則」を毎週金曜日配信(予定)でお届けします。
家庭連合の教会員の皆さまはもちろん、世代を超えて多くのかたに読んでいただきたい書籍です。
李耀翰・著
21 神を喜ばせる生活
重要な所属関係
「自分という存在が本然の位置にいるか」、「自分という存在は縦的関係をはっきりともっているか」、このことが人間としての根本であり、存在位置なのです。「私という者は、人間としてしかるべき人なのか」、このことを確認しながら生きていかなければ、自分を捨てた人と同じになります。
縦的関係を確認せずに生きる人は不幸の極みであり、わがままであり、自分を捨てた人であって、生きているように見えても、実は死んだ人なのです。今この時は楽しそうに、誇らしそうに見えるかもしれませんが、実は、不幸におぼれやすいのです。そのような人は、その時は誇らしく思っても、あとで恥ずかしい道を行くようになります。
ですから、人は根本を、所属をはっきりと知らなければなりません。自分の立場を忘れて、父母のことや師のことが眼中にない態度をとっている人は、精神的におかしな人として見るしかないのです。心理学者たちは、「多くの現代人は精神病患者である」と言っています。それは、自分の所属関係をはっきりと決定していないからです。父母も師も眼中になく、だれからも干渉されず気ままに行動する人は、明らかに精神病者なのです。
人間において所属関係、すなわち因縁関係が一番重要です。人間は、もともと自分を肯定して生きるようには創造されていません。ですから、自分勝手に、「私はただ私のために生まれた」と考えてはなりません。「私は創造主のものである。所属した関係圏内で誇らしく生き、責任を果たしていくべき私」なのです。
試練の中で、相対関係をもつことに注意するようにとのみ言(ことば)を聞いたことがあると思います。人の心は、環境によって左右されやすいものです。また、子供は環境によって支配されます。ですから、子供は母親の目の届く範囲にいれば安全です。ひな鳥はめんどりの近くにいなければ、禿鷲(はげわし)などの外敵に襲われる危険性がいつもあるのです。
ひな鳥がめんどりと一緒にいる時その生命が保たれるように、皆さんは自分の存在位置をよく守っていなければなりません。ひな鳥が禿鷲に対抗できないように、皆さんも自分一人の力では行動できないのです。もしそのようにすれば、この社会のあらゆる不信の波が押し寄せてくるのです。ですから、めんどりの懐で育つ雛のように、人は神様の懐で育たなければなりません。
そのためには、所属関係を一番重要視することです。もしもその関係が崩れてしまったなら、世の中の大きな激しい波が押し寄せてきたとき流されてしまいます。到底その波に耐えることはできません。皆さんはそのようなことを何も知らないのに、自分勝手です。ですから、小さなことから実践しなければなりません。
「むやみに話をしてはいけません」ということは、縦的な位置を守らせる訓練なのです。また、「時間を守りなさい」と言われ、できるにもかかわらずそれをしない人は、世の中の波に流されてしまいます。神様は、「取って食べてはならない」という戒めを下さいました。しかし、アダムとエバはその戒めに無関心だったのです。今日、神様は皆さんに、「時間を守りなさい。むやみに話をしてはいけません」と頼んでいます。このような戒めに対する責任を果たすことは、主従関係を大切にすることと同じです。
それでも、自分勝手に行動する人にはもはや希望がありません。ごく小さなことに対しても、自分勝手に行動する人には希望がないのです。神様は、ごく小さなことに対しても大事にする人には良い印象をもち、大きな仕事を任せることができるのです。またそれを守れなかった時には、神様はどんなに失望されることでしょうか。
私たちは、大きなことよりも、小さなことで気持ちが良くなったり、悪くなったりします。ですから神様も同じなのです。天は小さくて見るに足りないようなことだとしても、大事に守れる人を「義」とされるのです。ですから、私たちは小さなことであっても真面目に大事にし、相対関係のことを考えなければなりません。
米一粒にも一年の年月が刻まれており、一円のお金にも、血と汗が込められているということを知らなければなりません。お金持ちとは一円のお金でも大切にし、一粒のお米でも自分の全財産のように思う人です。お金一円を軽んじ、米一粒を無視する人は、そのゆえに恥をかき、惨めな立場に立つことがあるのです。失敗する人は大きなことによってそうなるのではありません。むしろごく小さなことを無視して、惨めなことになるのです。きょう皆さんには、このような平凡な真理を大切にしてほしいのです。
小さなことを実践して、自信に満ちるようになるのです。人は、自分のために生まれたのではありません。真の御父母様は、皆さんが小さな生活をどのようにしているのかを注意深く見ておられます。大きなことを願われているのではありません。小さなことに真面目で、誠実で、万事に感謝している時、真の御父母様はそれを御覧になって、誇らしく思われるのです。それが真の御父母様の心情なのです。
家を建てるためには、基礎工事をしっかりしなければなりません。人も基礎がしっかりしてこそ、将来希望があるのです。その基礎とは、人間がもつべき基本姿勢なのです。姿勢がしっかりしていない人は、一生の間、人に迷惑をかけるようになるのです。ですから、信仰基台を正しく立てていかなければなりません。その基台の上にしっかりと根を下ろしてこそ、将来が明るくなるのです。
人にはだれしも時があります。木に新芽が出、花が咲き、実が結ばれるのに時があるように、人においても時があるのです。その時を逃すと、不幸になります。10歳前後になってできる人もいますが、その時期を逃して30歳前後に立てられたとしたなら、それは本当に不幸です。
夫婦が不和であると、子供にそのような基礎ができる時期を阻むことになります。10歳から20歳の間に、生きていくための基礎が整わなければなりません。
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次回は、「恨の心情」をお届けします。