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ほぼ5分で読める勝共理論 68
日本共産党について⑦
共産党が非合法化されなかった経緯

編集部編

日本になぜ共産党があるのか
 世界では、共産党という政党をつくることが禁じられている国があります。そして禁じられていないにしても、日本のように国会議員がいて、ある程度の勢力を維持している国はかなり珍しいといえます。

 もっと言うと、そういう国はほとんどが発展途上国であって、先進国では日本とフランスだけです。フランスの共産党は衰退の一途をたどっています。
 日本は世界の先進国の中では共産党が国会で堂々と活動するまれな国なのです。

 考えてみれば、日本は資本主義の世界の中で、3位か4位の実力を持っています。
 テレビでは「格差社会だ」とかいわれていますが、実際には日本の労働者の待遇はかなり恵まれています。社会保障も充実しています。

 それなのに、今から日本がわざわざ資本主義を捨てて、共産主義に移行するというのは普通では考えられません。

 ソ連や中国は共産主義経済を導入して大失敗しました。たくさんの餓死者も出ました。
 貧しくてどうせ餓死してしまう、だったら革命を起こして金持ちのお金をぶんどって貧乏人に回せ、というならまだ少しは理解できますが、日本で革命を起こす理由が見当たりません。

 日本になぜ共産党があるのか、世界では全く理解されないでしょう。

共産党がなくならなかった本当の理由
 実は日本でも戦後、共産党が非合法になる、つまり法律として禁じられるのではないか、という時期がありました。1950年頃の話です。

 前回お話ししたように、戦後すぐに日本を占領統治したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は共産党員を刑務所から解放し、全国に活動の足場となる労働組合をつくることを積極的に奨励しました。
 そして1949年の衆議院選挙では、日本共産党の議員が35人も誕生しました。

 ところが、ソ連や中国の共産主義勢力の脅威が増すにつれて、GHQは、これはまずいと考えるようになりました。
 そして日本を対共産主義の砦(とりで)にしようと考えました。日本が独立したのはそのためでした。

 日本国内では、共産主義が貧しい労働者の間にかなり広がっていて、全国で過激なデモやストライキなどが行われていました。

 現在のJR、当時は国鉄といったのですが、そのトップが突然行方不明になって、翌朝死体で発見されるという事件が起きました(下山事件)。

 朝になってみたら、鉄道の上で電車に引かれて死んでいたのです。
 その人物は当時、共産主義者らを中心に、たくさんの労働者を解雇していました。そして労働組合と激しく対立していました。

 「国鉄の職員はみんな鉄道を愛している。そのトップが自分から線路に飛び込んで自殺するはずなんかない」
 そんな話もあって、これは共産党員が殺害したんじゃないか、といううわさが広がりました。

 国鉄では、他にも不可解な同じような事件が二つ起こりました。

 1950年には、皇居前の広場で「人民広場事件」が起きました。
 ちなみに「人民広場」というのは、天皇を否定する共産党が皇居前の広場は人民のものだ、という場合の呼び名です。
 そこに共産党員ら5万人が全国から結集して占領軍と衝突しました。

 GHQは日本の共産化の危険を感じました。そして共産党員を公職から追放する命令を出しました。これを「レッドパージ」といいます。
 GHQは、民間企業に対しても大企業では共産党員を解雇するよう指示しました。これによって、1万人を超える共産党員が解雇されました。

 この時、GHQのトップのマッカーサーは共産党の非合法化を考えていました。しかしマッカーサーは、このことを自分で決めないで、日本政府が自主的に決めるべきだと言いました。

 そして当時の吉田茂首相は、これは国民の判断を待つべきだと考えました。
 GHQからの指示とはいっても、国民からの意見がないのにそのようには決められないと考えたのです。
 それで共産党は非合法化されませんでした。

 でも吉田氏はその後、「後になって考えるに、やはり実行しておけばよかったような気もする」と自叙伝で書いています。
 これが、共産党が非合法化されなかった経緯です。

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