2025.02.06 12:00
ほぼ5分で読める勝共理論 67
日本共産党について⑥
宮本顕治氏はなぜ釈放されたのか?
編集部編
無期懲役の刑に処せられた宮本顕治氏
戦前の日本共産党はソ連の指示を受けてクーデターを起こそうとしていました。そしてその動向を察知した警視庁が内部にスパイを送り込んでいました。
スパイ査問事件というのは、宮本顕治氏が2人の共産党員に対して、スパイであるといって拷問を加え、1人を死亡させた事件のことです。
日本共産党は、当時の裁判で認定された宮本氏の暴行は全てなかったと否定しています。
当時の機関紙である『赤旗』に「極刑をもって断罪する」と書かれたのは、あくまでも比喩的なものであって、極刑というのは本名を明らかにして除名することだったと弁明しています。
裁判で宮本氏は、拳銃を持っていたのは護身用だった。小畑氏を監禁したのは部下をいじめたからだ。
「風呂敷をかぶせたりして、こうやっているうちにおかしくなったから、風呂敷を取ってみたら死んでおった。そこでたまげて人工呼吸などをした。だけど生き返らなかった」と証言しました。
裁判では宮本氏の有罪が認められて、無期懲役の刑に処せられました。
こうして宮本氏は、当時北海道の網走市にあった極寒の刑務所に収監されたのです。
ところが戦争が終わると、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が「政治犯は全て釈放せよ」という命令を出しました。
それで日本政府は、治安維持法違反で収容されていた政治犯をみんな釈放しました。もちろん大勢の共産党員が釈放されました。そしてその1人が宮本氏でした。
不可思議な宮本顕治氏の釈放
GHQが釈放を命じたのは思想犯です。宮本氏は政治犯としてではなくて、査問事件の監禁致死などで刑務所に入っていました。ですから宮本氏は、本来、釈放の対象ではありませんでした。つまり宮本氏が釈放されたのは、勘違いによるものだったのです。
その2年後、検事局がこれはおかしいと気が付きました。
宮本氏の刑は無効ではない。だからもう一度刑務所に入れないといけない。それで宮本氏を呼び出しました。
ところがその時に、GHQから司法省に指示がありました。司法省というのは、今でいうところの法務省です。
宮本氏は単なる政治犯だから、刑は無効なのだというのです。
それで司法省は、今後、宮本氏の刑を無効にするという証明書を発行しました。
その後も国会でこの事件のことが問題になったのですが、政府としては、宮本氏が有罪判決を受けたのは有効だった。ただ、GHQの指示は憲法には反するのだが、占領下においては適法だった。それで宮本氏のそれ以降の刑の無効も適法であると答弁しました。
以上が宮本氏のスパイ査問事件の経緯です。
ではどうして、GHQは宮本氏の刑を無効にしてしまったのでしょうか。
真相は謎なのですが、当時のGHQの職員にたくさんの共産主義者が入り込んでいたからだといわれています。
ちなみに当時のGHQは、日本共産党を合法化して、あらゆる職場に労働組合をつくるように奨励しました。そして全国にできた労働組合が共産党の支持基盤となりました。
こうして戦後初めて行われた衆議院選挙では、全国で200万票を獲得して5人の共産党の国会議員が誕生しました。
このような経緯で戦後の共産党の歴史が始まったのです。
これでようやく日本共産党の歴史について、戦前までの分が終わりました。次回から戦後に入ります。
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