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共産主義の新しいカタチ 47

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

「心霊」への科学的アプローチ
ウォレスと「精神世界」➁

▲アルフレッド・ラッセル・ウォレス(ウィキペディアより)

人類のみに自然法則以外の法則が働く?
 自然選択説では、使用しない形質あるいは機能は進化したりしません。そこでウォレスは、「人類の知性の進化には、自然法則以外の目に見えない霊的な法則が働いている」と考えるようになります。そして、人間の霊性をより高次へと導く「指導霊」(つまりは神?)が存在すると考えました。

  しかもウォレスは、実は若い頃から「心霊現象」に関心を持ち、「降霊会」にも頻繁に足を運んでいたといわれます。彼自身は霊能者ではありませんが、降霊会で目の当たりにした霊現象を事実として認め、それを科学的に解明しようと意図していたのです。19世紀後半といえば、思想的には物質中心主義が広く蔓延し始める時代でしたが、その反面、降霊会なども各地で盛んに行われていました。

▲19世紀末の欧米では空前の心霊ブームが起こり、降霊会や空中浮揚などがしきりに行われた

 こうしたウォレスと精神世界、つまり心霊主義(スピリチュアリズム)については、デボラ・ブラム著『幽霊を捕まえようとした科学者たち』でも仔細に述べられています。

 初めてロンドンの降霊会に参加してみて、科学的証拠たりうるものは何もないのがわかった。どの降霊会も、希望を持てる程度には不可思議だった。何はともあれ、不可解なことが起きるのは見たと主張できた。科学の法則ではこれまで説明できなかった—おそらくこれからもできない—ことが起きるのは見たと。…(中略)…

 多くの前人と同じく、ウォレスもダニエル・ダングラス・ヒュームの降霊会にはとりわけショックを受けた。いくつかの現象は「事実という確固たる基盤を与えてくれた」として、ほかの科学者たちにも自分とともに調査を続けるよう求めた。「説明できないからといって科学が無視してきた」謎について、自分のように頭を悩ませている知識人は、他にも大勢いるに違いない。彼はそう書いた。

 ダーウィンは直ちに、君は自分たちを批判する陣営に誤ったメッセージを送り、霊の力というものに不当な信用を与えようとしている、とウォレスに警告した。ダーウィンが危惧したのは、進化論の提唱者の一人が、科学を捨てて迷信に味方したという印象を、世間に与えてしまうことだった。

 「君はまるで(幼虫へと)変態した博物学者だ」とダーウィンは強い調子で書いている。「君が自説を覆すことは私が許さない」。しかし、ダーウィンは激高のあまり重大な点を見逃していた。アルフレッド・ラッセル・ウォレスが進化論に背を向けたことは、後にも先にも一度としてなかった。ウォレスは進化論を普及させ、一生をかけてさらに磨き上げていく。1882年に没するダーウィンを遙かに超えて、20世紀の声を聞くまで。

 ウォレスは自分の理論を否定したわけではなかった。ただ、満足のいくものではないと気づいたのである。素朴な適者生存と、機械的な進化だけでは十分ではないと。

 このようにウォレスの言動が、当時のアカデミズムから「科学の正道を逸脱している」と思われたことは想像に難くありません。実際ダーウィンは引用文のように、ウォレスの態度に心を悩ませ、ダーウィンの友人、トマス・ヘンリー・ハクスリーは、公然とウォレスを非難したのです。

 中流階級出身で独学で知識を身につけたウォレスは、マレー諸島の生物の生態系を具(つぶ)さに調べ、ダーウィンとは独自に進化のシステムがあるという結論に至ります。

 ところが帰国後、ダーウィンの自然淘汰説を自ら「ダーウィニズム」と命名し、その「布教」のため国中を回る中で文明社会の暗部を目にしたウォレスは、マレーの「未開文化」と英国の先進文明とでは、実は倫理道徳という点で何ら「進歩」とは関係ないと痛感します。

 折しもニーチェの「神は死んだ」と進化論思想がキリスト教世界観に与えた衝撃は測り知れないものでした。その一方で、教条的なキリスト教に収まりきれないが、死後の世界や霊魂の存在を認める人々は、精神世界と心霊研究に俄然注目していたのです。

 キリスト教的世界観と言わずとも、ウォレスは「宇宙に一つの道徳的な力が働いている可能性」について考え始めます。この「高次の力」が存在する可能性まで科学が否定してしまえば、無道徳状態に陥り、社会を破壊する。そうしないため「自然の物理的側面だけでなく道徳的側面をも」研究するのが科学者の責務と信じたことから、ウォレスは1865年に「降霊会」に参加します。

 「盟友」のはずのダーウィンは激怒し、「霊の力に不当な信用を与える暴挙」と非難しますが、ウォレスは己れの信念を貫きます。

(続く)

「思想新聞」2024年12月15日号より

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