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シリーズ・「宗教」を読み解く 335
イグナチオ・デ・ロヨラの霊性③
霊性の大家への道

ナビゲーター:石丸 志信

 足の負傷からおよそ40日後、イグナチオの容体は悪化し、生死の境をさまよったが、その後奇跡的な回復を見せた。
 彼を召命するために、イエス・キリストがあえて荒療治を施したのだろうか。やがて元気は取り戻してきたものの、まだ安静を保つ必要があった。

 暇を持て余したイグナチオは、退屈しのぎに騎士物語でも読みたいと思ったが、家の者が持ってきてくれたのは、霊的修養のための『キリスト伝』と『聖人伝』の2冊だった。
 しぶしぶ読み始めると、物語に描かれたキリストの生涯と聖人たちの生き方に次第に魅せられていく。

 「聖フランシスコがしたことを、このわたしがしたとしたら、どうだろう。聖ドミニコがしたことを、このわたしがしたら、どうだろう」(『ある巡礼者の物語~イグナチオ・デ・ロヨラ自叙伝』イグナチオ・デ・ロヨラ著 門脇佳吉訳・注解 岩波書店 2000年、23ページ)

 「聖ドミニコはこれをした。だからわたしもそれをしなければならない。聖フランシスコはこれをした。だからわたしもそれをしなければならない」(同、24ページ)

 読みながら、このように聖人のことを思い巡らすようになり、自らも聖人になろうと思うようになっていく。
 聖人よりも厳しい苦行に励む自分の姿を想像しては、喜びを感じて満足を得るのだった。

 ところが、そうした喜びがあるかと思えば、それとは全く違う質の喜びを覚えることもあった。
 騎士として武勲を立て、思いを寄せる貴婦人の寵愛(ちょうあい)を受ける己の姿を思い浮かべてみると、快楽的な刺激を受けるが、妄想から覚めると心が荒んでくるのだった。そして、そのことが彼を憂うつにさせるのだった。

 霊性の大家となるイグナチオの偉大さは、早くから心の内に湧き起こる思いを観察し、見極める透徹した目を持っていたことだ。後に彼がまとめた霊的指導書『霊操』の中に、こう記している。

 「私のなかに現われる思いには三つあることを前提する。一つは私の思いで、私の自由と欲求から生まれるものである。後の二つは外から来るもので、一つは善霊から、もう一つは悪霊から来る」(『霊操』イグナチオ・デ・ロヨラ著 門脇佳吉訳 岩波書店 1995年、91ページ)

 イグナチオは、心に湧き起こる思いの中にも二種類の霊の働きを見いだした。
 そして、それを見極める自分自身にも一つの確固たる位置を与えている。

 人間は自由意志を与えられた存在であり、また、霊の働く場でもあるとの理解がある。
 自分の思いや考えの全てが、自分から出た主体的なものではなく、時に悪霊の思いが自分の思いに忍び寄ることがあることを見極めている。
 故に、悪に対する警戒を怠ることなく、善に対する真摯(しんし)な探究心を保持していた。

 内面に働きかける霊の動きを弁別していたイグナチオは、この世の主君に仕える騎士ではなく、キリストの旗の下で神のみ旨のために戦う騎士としての備えをなすようになる。



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