2024.05.26 22:00
ダーウィニズムを超えて 60
アプリで読む光言社書籍シリーズとして「ダーウィニズムを超えて」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
生物学にとどまらず、社会問題、政治問題などさまざまな分野に大きな影響を与えてきた進化論。現代の自然科学も、神の創造や目的論を排除することによって混迷を深めています。
そんな科学時代に新しい神観を提示し、科学の統一を目指します。
統一思想研究院 小山田秀生・監修/大谷明史・著
第五章 心と脳に関する新しい見解
(六)新しい精神療法への道
(1)フロイト主義の終焉(しゅうえん)
19世紀の欧米では禁欲主義的なキリスト教倫理が支配していたが、表面では性を罪悪視しながらも、陰では性的快楽をむさぼるという偽善が横行していた。それに対して反旗を翻したのがフロイトであった。すなわちフロイトは、キリスト教の精神主義に反発し、人間は本来、リビドーという性的エネルギーによって動かされている存在であると見たのである。
医学を学び、医者として出発したフロイトは、身体に原因がないのに病気になる神経症(ヒステリー)に強い関心をもつようになった。そしてこの病気は、心の奥底の傷、特に幼児期に受けた性的な傷の記憶が、性を罪悪視するキリスト教倫理のもとで抑圧されていることによって生じていると考えた。
それでは神経症はいかにしたら治療できるのであろうか。精神分析によって、その原因を突き止めて、患者が無意識の中で恐れていたその原因に立ち向かうようになるとき、神経症は治るとフロイトは考えた。しかし、果たして幼児期の性的な傷を意識することによって、問題は解決したのであろうか。否である。そればかりでなく、フロイト主義はライヒ(Wilhelm Reich, 1897~1957)、マルクーゼ(Herbert Marcuse, 1898~1979)等のフロイト左派の性解放理論を生むことになり、今日のフリーセックス時代の到来をもたらすことになったのである。
しかし今日、フロイト派の精神分析は衰退の一途をたどっている。そのことをサイエンス・ライターのジョン・ホーガン(John Horgan)は次のように述べている。
フロイトに対する非難は、1990年代に最高潮に達し、『フロイト派の欺瞞(フロード)』、『なぜフロイトは間違ったか』、『フロイトを評価する』、『禁じられたフロイト』といった本の著者たちは、まさにフロイトの心臓に杭を打ち込もうとしていたのだ。………彼[イギリスの歴史家フランク・シオッフィ(Frank Cioffi)]は精神分析を信じることはネス湖の恐竜の存在を信じることと同じだ、とまで述べていた。社会的風潮も、精神分析に大きな痛手を与えていた。ほとんどの人たちには、精神分析を受けるだけの暇も金もなかった。………多くの患者と健康保険業者は、患者の過去に深く分け入って詮索するよりも、特定の問題に的を絞った短期的な治療のほうを好む。一方では、精神分析医や他の医師たちも、うつ病や不安症のような、普通の慢性的な軽い病気に対しては、話し合い療法だけよりも、だんだんと薬も処方するようになってきている。こうした風潮からすれば、タイム誌が1993年のカバーストーリーで、「フロイトは死んだか?」という疑問を提示したのも、しごく当然のことと思われる(*66)。
それではフロイト主義はこのまま消えていくのであろうか。ホーガンはそうではないと、次のように言っている。
だが、フロイトは死んでなどいない。もしフロイトが本当に死んだならば、どうして、これほど多くの批判家たちが、彼を殺そうと躍起になって、多大なエネルギーを注ぎ込んでいるのか? その答えは、もちろん、フロイトには、依然として親衛隊がいるからだ。フロイトを攻撃する本が出るたびに、逆に、フロイトを援護する人々がいる(*67)。
例えばスタンフォード大学の歴史家ポール・ロビンソン(Paul Robinson)は「フロイトは、いずれ、第一級の思索家として、知性の歴史における正統な位置に落ち着くにちがいない(*68)」と、フロイトを高く評価している。またエーデルマンやエリック・カンデル(Eric Kandel)のような著名な神経科学者たちも、依然として精神分析に高い関心を示しているのである。
ダーウィンの進化論に対して、サイエンス・ライターのヒッチング(Francis Hitching)が、「ダーウィニズムなる怪物の生命力を甘く見てはいけない」と述べたように、フロイト主義も同様な思想であって、甘く見てはいけない。マルクス主義、ダーウィン主義、フロイト主義という三つの思想は、19世紀初めのキリスト教を中心とした時代精神を革命的に変革し、強力な無神論的世界観を打ち立てたのであった。
統一思想はフロイト主義を批判する立場にある。しかし、フロイト主義は真理をゆがめた形で見ているのであって、そのゆがみを直せば正しい方向に蘇(よみがえ)ることができると見るのである。
*66 ジョン・ホーガン、竹内薫訳『続・科学の終焉』徳間書店、2000年、82~83頁。
*67 同上、83~84頁。
*68 同上、84頁。
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次回は、「新しい精神療法への道②」をお届けします。