2024.05.01 17:00
天一国主人に育む「神様コーチング」17
ありのままを受け入れる「承認」
ナビゲーター:阿部 美樹
本当に「ありのまま」でいいのか?
傾聴コーチングにおいては、「傾聴すること」と共に「承認すること」が大切です。
承認とは、「ありのままの相手をそのまま自然体で受け入れること」です。
「ありのまま」を受け入れるとは、どういうことでしょうか。
「ありのまま」というと、「自分勝手に、気ままに、やりたい放題に生きる」など、無秩序にいい加減に生きているというイメージを持つ場合があります。
善なる人生を求める宗教人や倫理観の高い人は、悪に傾きやすい社会環境の中で、罪の贖罪(しょくざい)と堕落性を脱ごうとして、湧き上がる欲望どおりに生きるよりも、禁欲と自戒の生活を心がけて努力してきました。
しかし、悪なる欲望を意識するよりも、「善なる欲望どおりに生きよう」とすることの方が大切な時代を迎えました。
人間の心の中に「第二の神様」である「良心」が存在し、誰かから教えられなくても正しい判断をして、自分にふさわしい答えを見いだそうとします。
良心を中心にありのままに生きる生き方です。
『原理講論』には、「原理を離れた自由はない」「責任のない自由はない」「実績のない自由はない」と記されています。
自由に生きたとしても、原理的に、責任を持って、良い実績を上げようとするのが本然の姿です。
自分を承認する(肯定的に受け止める)人は、他人をも承認するようになり、どんな環境をも承認できる人が多いように思います。
そのような生き方は、心が楽になり、人生が楽しくなります。
一方、自分を否定する人は、他人をも否定し、環境も否定的に捉える傾向があります。
そのような生き方は、自他ともに厳しく見つめて否定的に捉えるので、心が苦しくなります。
ですから、相手の状況がどうであっても、まずは「ありのままでOK!」と承認することです。
このような承認する姿勢は、どんなことも受け入れる「感謝する人生」につながります。
「パンタナール精神」で丸のみ!
感謝するとは、「我慢して受け止めること」でも、「仕方なく受け止めること」でもありません。
感謝とは、全ての出来事や出会いに対して、私に必要なこと、大切なこととして「喜んで受け入れる」「承認すること」です。
真の父母様が、南米で精誠を尽くされた時、「パンタナール精神」というみ言を語られました。
大自然を見ると大きな魚は小さな魚に毒があっても、トゲがあっても丸のみします。同じように「真の人は、相手が敵であっても、怨讐(おんしゅう)であっても、真の愛で丸のみにする」と語られました。
神様が私たちを限りなく許してくださったように、私たちは誰に対しても許して丸のみすること、すなわち承認する姿勢が必要です。
人間関係の中で、相手の善なる姿を承認することはできても、相手の悪なる姿は承認しがたいものです。
しかし、相手の悪なる姿も承認するとは、「悪でも良い」と「悪を許可」するものではなく、悪の姿になった「気持ちを承認する」ということです。
承認された相手は、「このような悪なる姿も承認し信じてくれた。悪なる心を持ってしまったことが申し分けない。何とか悪を取り除きたい!」という心になることでしょう。まさに、良心の呵責(かしゃく)です。
承認とは無条件に受け入れることであり、無条件の愛といえます。
完熟した愛を持つ祖父母は孫を見ると、善なる姿であっても悪なる姿であっても無条件に受け入れて「かわいい!」と愛する心を持ちます。
「絶対信仰」とは無条件に信じることであり、「絶対愛」とは無条件に愛することを意味するように、無条件的な承認です。
コーチングにおけるコミュニケーションは、傾聴、共感、あいづち、うなずき、オウム返しなどを行いますが、どれもが相手を承認するためのスキルです。
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