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ほぼ5分で読める勝共理論 16
疎外論➁
「人間らしさ」「人間の本質」とは何か

編集部編

サルに権利はないのか?
 前回、共産主義の中心には哲学理論があり、さらにその中心には疎外論がある、と説明しました。
 「疎外」とは、人間らしさが奪われているとか、人間の本質が失われているという意味です。
 今回は、この「人間らしさ」「人間の本質」について考えます。

 さて、人間には、誰にでも人権があります。例えば、いじめられてもいい人、差別されてもいい人、殺されてもいいという人はいません。

 では質問です。
 人権はサルには認められるでしょうか。サルをいじめたり殺したりしてもいいのか、ということです。

 なんとなくいけないような気がしますね。では、ネズミならどうでしょうか。実際にはネズミを駆除したりしますから、殺してもいいということになります。
 でも、人間もサルもネズミもみんな同じ哺乳類です。何が違うのでしょうか。

 もう一歩踏み込んで考えてみましょう。
 人間にはいろいろな権利があります。
 例えば、「移動の自由」という権利があります。もしこの権利がサルにもあるとすれば、動物園のおりに閉じ込めてはいけないということになります。

 また人間には参政権があります。選挙で投票したり、立候補したりする権利です。これをそのままサルに認めれば、選挙の時にはサルの意見も聞かないといけないということになります。

 このように考えてみると、サルと人間は同じではない。同じ権利は認められていない、ということが分かります。
 では、人間とサルの違いはどこにあるのでしょうか。

 例えば、サルは毛むくじゃらだけど人間はそうではない、とか、サルは背中が曲がっているけど人間は直立で歩いている、という違いがあります。
 では毛むくじゃらな人や背中が曲がっている人には権利がないのでしょうか。そんなことはありませんね。確かにそれらは人間とサルの違いですが、本質的な違いではないようです。

人間観とは?
 この場合の、人間と他の動物との違い、かつ最も本質的な部分のことを、「人間の本質」といいます。
 そして、この人間の本質とは何かというテーマを哲学では人間観といいます。同じように宇宙とは何かというテーマを宇宙観、自然とは何かというテーマを自然観といったりします。

 生物学では、人間のことを「ホモ・サピエンス」といいます。ホモは「人」、サピエンスは「知恵のある」という意味で、「賢い人」という意味です。これはスウェーデンのリンネという哲学者が名付けたもので、「人間の本質は知性である」という意味が込められています。

 他にも、人間の本質は創造性である、と言った哲学者もいました。ドイツのフォイエルバッハという哲学者は『キリスト教の本質』という本の中で、「人間の本質は理性、意思、心情である」と言いました。

 共産主義は、「人間の本質は労働である」と言っています。ここからさまざまな哲学理論や経済理論が出発しています。ではなぜそう考えるのでしょうか。
 そのことについては、次回、説明します。

 今回は、疎外論の出発点である「人間の本質とは」というテーマについて説明しました。

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