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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(132)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
九、天情と人情

▲金元弼先生

先生のような生活をするには

 私が巡回していた時のことでした。私は、「どうしたら、先生のような生活ができるのだろうか」という考えで、胸がいっぱいでした。韓国で、非常に奥深く高い山を、冬に越えなければならなかったことがありました。誰も人がおらず、雪が真っ白く降る中を、一人で歩いていました。

 その時、天は父を象徴し、地は母を象徴するという「原理」のみ言(ことば)を、ふと思い出しました。私は今、この地を踏んでいるから、お母様の体を踏んでいるのだと考えました。そう思うと“痛い”のです。それで、そーっと歩いたのです。そうしたら、本当に体を踏んでいるような気持ちがしてくるのです。

 一歩を踏む時に、「私は親のために孝行します、忠節を尽くします、貞節を守ります」という心持ちです。白い雪の上に誓いながら行くのです。雪の上に字を一つ書いて、また書いて、忠なら忠を、孝なら孝を足で書きながら歩みます。このことが、私には非常に強く心に残りました。

 韓国には、本当に親孝行な子供がいました。親が亡くなって3年間、毎日のように親の霊魂を慰めるために、墓の所まで行ってお祈りをしたのです。それで、墓までの道と、祈った場所には、芝生が生えませんでした。私たちが神に、真の父母に、そのように心を尽くして侍らないならば、「私は親にさえもこんなにしたのに、あなたたちは真の父母と神が分かっていながら、なぜできなかったのですか」と問われることになるでしょう。

 先生は、神に侍るに当たり、どのようにされたのでしょうか。世の中には、国のために忠義を尽くした人たちがたくさんいます。その人たちが「あなたには及びもしません」と言う先生になるために、どういう道を歩まなければならなかったのでしょうか。

 神の国を建設するに当たっても、国のために、世界のために尽くした以上に、神の国のために、神の世界をつくるために心を尽くさなければならないのが、先生の基準なのです。もしそうしなければ、イエス様、お釈迦様、マホメット(ムハンマド)、いろいろな聖人、あるいは神のために尽くした王様、忠節を尽くした親孝行者たちに、先生は訴えられるのです。ですから、国のために尽くした最高の人は誰だろうと、いつも考えながら、この国をそれ以上に愛するという条件をお立てになるのです。

 そこで、先生が360軒を訪問するに当たって私に教えてくださったことは、その360軒のために尽くした人々がいて、先祖たちがいたのだから、その人たち以上の心で、その区域を愛し、真心を尽くしていかなければならないということでした。例えば、熱心なイスラム教徒(ムスリム)がいるとしましょう。その人以上に神を愛したとするならば、イスラム教(イスラーム)の先祖の霊たちが私を助けてくれる、ということなのです。

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 次回は、「先生のお母様の愛」をお届けします。


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