2023.10.20 05:00
スマホで立ち読み Vol.28
『拉致監禁』26
世界平和統一家庭連合 総務局/編
スマホで立ち読み第28弾、『拉致監禁』を毎日朝5時にお届けします。
本書は現在の報道の背景を理解するとともに、拉致監禁の再発を防ぐために作成された一冊です。ぜひお読みください。
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第二章 痛哭と絶望を超えて
警察庁長官に訴えるも届かず——夫と、当時1歳半の長女を拉致され、家族が引き裂かれたTさんの苦悩②
今も破らずに残している手紙がある。
夫に宛てた手紙。「Sさんと娘のいない生活なんて考えられません。もう耐えられません。これ以上生きていたらあなたのご両親を恨まなくてはなりません。だから……私の存在がなくなればSさんの責任も軽くなるし、ごめんなさい。
家の中にいればどこを見まわしてもSさんと娘の影があって苦しくて涙が止まりません。娘が大きくなって物事がいろいろわかるようになったら、私のこと話してあげてください。
Sさん、愛しています。でも、ごめんなさい。体に気をつけて生きてくださいね。あなたともっと一緒にいたかった……でもそれができないのなら……短い間でもあなたの妻でいられたこと幸福に思います」
娘に書いた手紙。「ごめんね、本当はあなたの成長を見届けたかった、あなたの産声を聞いた時、感動で涙があふれたことを昨日のことのように覚えています。首がすわり、ハイハイをし、つかまり立ちができ、初めて歩いたあなたの姿は本当に可愛(かわい)くて言葉に表すことのできないものでした。
保育園でもいろいろな先生に愛され、おかあさんの自慢でした。迎えに行くと飛んで来ておかあさんと一緒に階段を下りました。あなたの手のぬくもりを今でも覚えています。でもまさか、あなたのおじいちゃん、おばあちゃんの手によって引き離されるとは思ってもみませんでした。
おかあさんは、お父さんやあなたなしではとても生きていけません。頑張ってきたけれどももう限界です。おかあさんを許してね。もっともっとあなたをいろいろな所に連れていってあげたかった、いろいろな話をしてあげたかった。(略)どうかお母さんの分まで力強く生きてください。そして、お父さんを支えてあげてください。あなたに出会えて幸せでした。どうもありがとう」
何度も、「死」を決意しながらも実行しなかったのは、Tさんのおなかに宿っていた小さな生命のためだった。
「“私は生きているんだ”という元気なメッセージを送ってくれたので、辛うじて踏みとどまることができました」
Tさんは平成12年(2000年)に入って、浦和地裁に夫の両親に対して娘を引き渡すように求める仮処分申請を申し立てたが、相手方が裁判所に現れなかった。田中警察庁長官(当時)宛てに上申書を送ったりもしたが、事態の進展を見ることはできなかった。
それでも長女との生活が諦められず、Sさんの両親に対して婚姻妨害と長女に対する親権侵害で、損害賠償を求める民事裁判を東京地裁で起こした。夫は最初、仮処分申請時と同様に姿を見せなかった。だが、再度申請すると、平成12年8月頃、弁護士の山口広氏と共に2人で東京地裁に現れた。夫の失踪後に顔を合わせたのは、この時が初めてだった。
ただ、夫のSさんの様子は変だった。明らかに山口氏を意識した行動を取るときもあった。裁判所の一室で2人きりの話し合いをしていると、小さい声でも十分に聞こえる場所であるにもかかわらず、外にいる山口氏に聞こえるように、怒鳴るような大声で迫ってくることがあった。
さらに、話が二転三転して、前回会った時とは違う内容になることもしばしばだった。ちょっとした質問でもすぐには答えを出さず、その次に会う時までに弁護士らと話し合ったと思われる節も見受けられた。
また、Sさんが献金した分を返金するよう家庭連合に求めてきたときも、山口氏の影を感じた。返金の振り込みを指定した口座が、山口氏の弁護士事務所の口座だったのだ。
やがて、強制棄教させられたSさんから離婚の申し出があり、Tさんは異議を唱えたが、認められなかった。
月に1回の相互面会だけは取り付け、SさんとTさん、長女、次女が会う時間は持てた。しかし、相手は法律のプロである弁護士。Tさんは、全くの素人である。
Tさんが一番失敗したと思ったことは、調停で取り決められた文面の中に、相互面会は「子供の成長に配慮して」という言葉が入れられていた点だ。
面会中のある時、長女が誰かに言わされているような様子で、「会いたくない」と言ってきた。この一言を相手方が盾に取って、「面会は、子供の成長の妨げになる」として、長女とは会えなくなってしまったのである。
夫の突然の失踪から10年の歳月が流れた(2009年時点)。
夫と長女がいない失意の中で出産した次女は9歳。人見知りが激しかった。小学1年から、家庭連合の合唱団である鮮鶴(ソナク)合唱団に入った。通っていた音楽教室の初めての発表会では、母親から離れず、舞台のピアノの陰に母子で並んだほどだった。それが今では、人前でも堂々と歌う。子供が鮮鶴合唱団に所属して、神性に満ちた美しい表情で発する清らかな歌声を聞くとき、Tさんは言い知れぬ感動に満たされる。
だから、「この子が成長し、祝福を受けてもらえるよう頑張らねば」と自分を励ますTさん。母子家庭ゆえに、経済的に楽ではない。だが、彼女の悲しみは別にある。
「どんな時がつらいですか」と問うと、Tさんはこう答えた。
「いつの時もつらいです。子供にとって生まれた、いえ、生まれる前から父親はそばにいないので、家の中に父親がいないことに違和感はないようです。また、それがつらいです。
先日、教会に向かう途中『お母さん、赤ちゃんがほしいね。弟が欲しいよ。産んで!』と言われ、答えに困ってしまいました。これから、いろいろなことが分かってくるに従って、どのように伝えるべきか悩みます」
Tさんは今も、夫の姓で通している。
「いつの日か、彼と長女が帰ってくると信じているからです。引き裂かれた家族が再び、一緒に過ごす日が来ることが私の夢であり、希望なのです」(Tさん)
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次回は、「残された心の傷」をお届けします。
★「我々の視点」脱会説得による悲劇①
★「拉致監禁」問題を考える特別シンポジウム(2023年9月10日)ダイジェスト映像