2023.10.10 05:00
スマホで立ち読み Vol.28
『拉致監禁』16
世界平和統一家庭連合 総務局/編
スマホで立ち読み第28弾、『拉致監禁』を毎日朝5時にお届けします。
本書は現在の報道の背景を理解するとともに、拉致監禁の再発を防ぐために作成された一冊です。ぜひお読みください。
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第一章 家庭連合に反対する人々
家庭連合に反対する人々に関するQ&A
Q13
元信者は「家庭連合(旧統一教会)にだまされた」と発言することがありますが、何をもって「だまされた」と言うのでしょうか。家庭連合は本当に人をだましているのでしょうか?
A
元信者が「だまされた」と発言している理由の一つに、教理問題が深く関わっていることを知る必要があります。元信者は反対牧師から脱会説得を受けた結果、家庭連合の教えが信じられなくなり、「だまされた」と発言しているのであって、家庭連合が人をだましているわけではありません。
反対牧師の反家庭連合の動機には、聖書をどう解釈するかという宗教上の教理問題があります。その最も大きなものは、キリスト教の教えの根幹にある「十字架贖罪(しょくざい)」の問題です。
統一原理では、十字架は本来あるべきではなかったと主張します。神様の願いは、イエスが生きて勝利し、理想家庭、地上天国を築くことであったが、当時のユダヤ教の不信によって十字架で殺害された結果、霊的救いのみで終わったとするのです。反対牧師はこの教えを、「十字架に敵対」(ピリピ3章18節)する“サタンの教え”と批判してきました。
キリスト教が十字架にこだわる理由は、救いの根拠を十字架に置くためです。その十字架を取り除けば、救いの根拠が全くなくなってしまうため、家庭連合の存在自体をサタン視するのです。
反対牧師は聖書を用いながら「十字架は絶対予定だ。あなたはだまされている」と家庭連合信者を説得し、脱会を迫ってきました。
従来のキリスト教がどのような観点で十字架の救いを信じているのかを知らないまま、家庭連合と出合い、信仰を持った信者の場合、反対牧師が聖書を用いて行う教理批判に耐えられる人はほとんどいないでしょう。なぜなら、新約聖書を素直な気持ちで読めば、「十字架は絶対予定である」という従来のキリスト教の考え方に影響されてしまうからです。
実際、福音書には、イエス自らが十字架を予告し、その十字架の死は人類を救うためであると述べた聖句が多く記されています。家庭連合の十字架解釈と真っ向から対立すると思われる記述です。反対牧師は、そのような聖句を用いて痛烈な教理批判をぶつけてくるのです。ほとんどの信者は、反対牧師の攻撃をかわし切れず、どう解釈したらいいのか混沌(こんとん)とさせられ、やがて脱会に追い込まれてしまうのです。
こうして、牧師の説得で「私はだまされていた」と判断するようになった元信者は、「家庭連合の背後にサタンがいる」とまで思うようになります。
ところで、キリスト教では19世紀以降、「イエス伝研究」が急速に進み、福音書に書かれたイエスの生涯は、「歴史的事実に則して忠実に書かれたものではなく、ケリュグマ(宣教)のイエス像にほかならない」というのが聖書批評学における常識となっています。
すなわち、十字架が絶対予定であるという記述は“十字架贖罪”を明確に述べていく必要性から、イエスに関する伝承を集めた福音書記者が、十字架の後でその出来事を回想し、イエスの受難の生涯を弁証的に論証しながら書き上げた“事後預言”にほかならないというのです。そのことを知らない家庭連合信者の場合、反対牧師の巧みな説得によって脱会に追い込まれるケースが多くあり、それが「だまされていた」という発言へとつながっているのです。これは宗教上の教理論争の問題であり、決して家庭連合が人をだまそうとしているのではありません。
しかし、元信者が「だまされた」と発言し、それがマスコミで報道されることで、家庭連合は怖いというイメージと相まって、どんな人をもだましてしまう「マインドコントロール」という特殊手法を用いている、得体の知れない集団であると思われてしまうのです。
この十字架をめぐる教理論争の問題については、太田朝久著『踏みにじられた信教の自由』(231~245ページ)に論じられていますので、参照してください。
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次回は、「“血分け”は反対派が作った風聞」をお届けします。
★「我々の視点」拉致監禁⑦
★「拉致監禁」問題を考える特別シンポジウム(2023年9月10日)ダイジェスト映像