2023.09.27 05:00
スマホで立ち読み Vol.28
『拉致監禁』3
世界平和統一家庭連合 総務局/編
スマホで立ち読み第28弾、『拉致監禁』を毎日朝5時にお届けします。
本書は現在の報道の背景を理解するとともに、拉致監禁の再発を防ぐために作成された一冊です。ぜひお読みください。
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第一章 家庭連合に反対する人々
拉致監禁による強制棄教事件の歴史
1966年以降、反対牧師が暗躍した56年間を概観すると、4つの期間に区分できます。
第Ⅰ期が1966年~76年までで、この期間は、故・森山諭(さとし)牧師が福音派の立場から「統一教会(家庭連合)は異端」という動機を持って、強制改宗を始めました。それが66年で、その翌年の7月7日、朝日新聞夕刊に「親泣かせ原理運動」の記事が掲載され、不安をあおられた親族が森山牧師に相談して、事件が増えます。76年3月4~6日には、森山牧師が東京・八王子大学セミナーハウスで「統一協会問題対策セミナー」を開催し、監禁して説得する改宗法を他の牧師に伝授しました(「クリスチャン新聞」1976年3月21日号)。
第Ⅱ期は1976年~87年までで、この期間は森山諭牧師のほか、船田武雄牧師、高澤守牧師、和賀真也牧師、村上密(ひそか)牧師などの福音派牧師が多数加わり、事件が増えました。
この時期、見逃せないのが日本共産党の動きです。共産党は日本赤化を目指してきましたが、78年4月、家庭連合の友好団体・国際勝共連合の活躍により、共産党が京都府知事選で敗北しました。これを受けて、宮本顕治委員長(当時)は、「勝共連合との戦いは重大。大衆闘争、イデオロギー、国会、法律の各分野で……共同して、全面的な戦いにしていく必要がある。自民党に対しては“勝共連合といっしょにやれば反撃をくって損だ”という状況をつくることが重要だ。“勝共連合退治”の先頭に立つことは、後世の歴史に記録される『聖なる戦い』である」(「赤旗」78年6月8日号)と宣戦布告しました。
これに呼応するかのように、同年11月13日、大学教授、ジャーナリスト、弁護士、牧師、国会議員らが連携し、「原理運動を憂慮する会」を発足。その会を背景に、日本基督教団の浅見定雄氏、川崎経子牧師らが反対活動に乗り出しました。
1978~86年、棄教目的で、家庭連合信者を共産党系の精神科病院に強制入院させる事件が多発しました。しかし86年2月、被害を受けた信者が民事裁判で勝訴し、精神科病院を使った事件は終息。しかし、反対牧師と親族が結託して行う監禁形態を取る強制棄教事件は、警察も取り締まらないため続行され、年々事件が増加しました。
第Ⅲ期は、1987年~97年までです。「スパイ防止法制定」の動きに危機感を募らせた左翼陣営が、家庭連合および勝共連合を壊滅に追い込もうと、「霊感商法」キャンペーンを開始しました(「朝日新聞」87年2月14日付)。その報道で不安をあおられた親族が反対牧師に相談し、事件が増加します。また、日本基督教団は88年3月、「統一教会問題を宣教課題に」(「キリスト新聞」同年4月9日号)の方針で、反家庭連合活動に教団として取り組むことを決議(呼びかけ人は桑原重夫牧師)し、それ以降、事件が激増しました。93年3月の山﨑浩子さんの失踪事件の頃には、年間300件を超える事件が発生しました。
また、この期間、元信者が反対牧師や弁護士らと結束し、家庭連合潰しのための裁判「青春を返せ裁判」「婚姻無効裁判」を展開しました。
第Ⅳ期は1997年~現在までです。強制棄教の暴挙を諌(いさ)める者が誰もいない中で、97年、鳥取教会襲撃事件、路上での拉致事件、監禁された女性が自殺する事件など、悪質な事件が発生しました。
これに対し、鳥取教会を襲撃され、1年3カ月間の長期監禁被害に遭ったT・Hさん、および路上拉致の被害に遭ったI・Rさんらが牧師を相手に提訴し、これを機に事件の件数が徐々に減少しました。
T・Hさんの民事裁判は、牧師も監禁事実を認め、勝訴しました。しかし、I・Rさんらの民事裁判は、牧師が監禁事実を否認し、敗訴することになります(I・Rさんの裁判では、最高裁が親族に対して異例の和解勧告をし、和解)。事件は終息せず、その後も起こり続けるのです。
そうした中で、2008年2月10日、後藤徹氏が12年5カ月もの長期監禁から逃れてきます。その後、後藤徹氏は民事裁判の訴えを起こし、勝訴しています。
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次回は、「キリスト教の牧師がなぜ反対するのか?」をお届けします。
★「我々の視点」拉致監禁①
★「拉致監禁」問題を考える特別シンポジウム(2023年9月10日)ダイジェスト映像