2023.05.10 22:00
スマホで立ち読み Vol.22
『日はまた昇る 蘇る日本』13
統一思想研究院・編著
スマホで立ち読み第22弾、『日はまた昇る 蘇る日本』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
1960年代から80年代にかけて日本と世界の共産化の危機を救ったのは、文鮮明(ムン・ソンミョン)総裁の勝共運動だった! 本書では文総裁の歩みを紹介し、共産主義の理論の批判と代案を提示するとともに統一思想の観点から見た日本再生のビジョンを提唱します。
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Ⅰ 共産主義の終焉と天一国時代の到来
(12)冷戦時代の終わりと再臨路程の再出発
1983年からの3年間、多くの犠牲を払いながら、ついにアベル側の民主主義陣営の勝利をもって1985年8月15日を迎えました。翌8月16日、文先生は、40年荒野路程の勝利宣言である「一勝日」宣布をされました。そして8月20日、模範囚として6カ月刑期を減刑されて、自由の身となられました。
1988年に開催された ソウル・オリンピックにおいて、統一教会の各国の宣教師たちは、その国の選手を支援しました。1980年のモスクワ・オリンピックでは西側諸国が報復ボイコットし、1984年のロサンゼルス・オリンピックでは東側諸国が報復ボイコットするという、冷戦を象徴するオリンピックでしたが、ソウル・オリンピックには東西諸国がみな参加して、冷戦時代の終わりを告げるものとなりました。
新約時代が終わる1945年から1952年までの7年間で、世界は一つになっていました。しかし、キリスト教が反対し、全世界が反対しました。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界が一つになって、全世界的に反対したのです。ですから、(再臨のメシヤは)荒野に追い出されて、どん底まで落ちて、再び上がってくるのです。そうして、世界はまた再び世界的なカイン圏とアベル圏として、韓国動乱を中心に共産世界と自由民主世界に分かれる冷戦時代を迎えるのです。この冷戦時代は、1988年世界160か国が参加したソウル・オリンピックで、韓国と統一教会を中心にカイン圏とアベル圏が一つになることによって、初めてその結末の糸口を見つけることができました。(文鮮明 1993.1.10, ニューヨーク)(『ファミリー』1993.6,51)
1988年、ソウル・オリンピック大会において、彼らはたくさんのメッコールを飲んだのです。また大韓民国の誰にも知られないようにして、私はたくさんのプレゼントをしました。各国の大使館員を応援してあげたのは、この統一教会の人たちです。一世と二世たちを一つにするために協助したのです。そうすることによって、韓国動乱によって始まった冷戦を、オリンピック大会を中心として終結させたのです。内的な統一教会、内的な宣教師たちと、外的な各国の二世たちが一つになることによって、冷戦時代を終わらせることができたのです。それを条件として、南北韓が国連総会において、同時に加入することができたのです。このようにして、冷戦時代が終わったのです。(文鮮明 1993.10.3, ソウル)(『ファミリー』1993.12,32)
ソウル・オリンピック大会後、1991年9月17日に韓国と北朝鮮は国連に同時加入しました。
韓国動乱によって冷戦時代が始まったために、それを統合しなければなりませんでした。それで、国連において同時加入をなして、兄弟の立場に立ったのです。(文鮮明 1993.10.3, ソウル)(『ファミリー』1993.12,40)
1988年10月3日、文先生は「世界統一国開天日」を宣布されました。その日から共産世界が崩れ始めました。そして1989年8月31日、アラスカで、円(サークル)を象徴し、そして世界を象徴する八数を神側に復帰するという意義を持つ「八定式」が行われました。人間始祖の堕落以来、サタン側の長子カインが神側の次子アベルを支配し、虐げてきましたが、世界的な次子アベルの立場にある民主世界が、世界的な長子カインの立場にある共産世界を屈服せしめて、民主世界が長子の立場に立つようになるという宣言でした。
皆さん、神様の摂理において八数が定着できませんでした。八数は天でも円であり、地でも円です。「世界統一国開天日」を宣布したのち、最初の年の8月は重要です。重要な8月末に天宙的な定着を発表したということは重要なことなので、これを記憶するよう願います。(文鮮明 1989.8.31, アラスカ)(『真の御父母様生涯路程⑨』62)
「八定式」が終わる時までは長子権復帰時代です。しかし今や完全に長子権が天の側に復帰されたので、サタンが反対することのできない世界的頂上圏に上がっていくのです。(文鮮明 1989.9.1, アラスカ)(文鮮明『真の御父母様生涯路程⑨』64)
1989年10月、東ドイツ建国40周年に当たり、ホーネッカー議長は、「ベルリンの壁は今後とも数十年間、いや100年にもわたり存続するであろう」と叫びました。ところが、およそ40日後、八定式から70日後の1989年11月9日、突如として、冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩れました。誰も予想できない急激な事態の展開でありました。
1989年8月31日、アラスカのコディアクで、「八定式」を宣布しました。その時には皆さん自身も、その内容を信じられなかったでしょう。先生が、「今から世界が急変して回る」と言ったときにも、「何、またそうですか」と思ったでしょう。その次に、9月には父母主義を宣布しました。これを一番あとに、世界的な頂上で宣布したのです。「真の父母」主義が、この地上に現れたなら、サタンもなく、今日のような罪悪世界もないのです。それが設定されることによって、サタン世界は後退しなければいけないという結論が出てくるのです。それ以後、1989年11月9日に、ベルリンの壁が崩れたのです。(文鮮明『天聖経』288)
1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊してから、世界は、正に改革と変遷、和解と親善に向かって走っています。世界平和の道は、今大きく開かれました(文鮮明 1991.8.28)(『南北統一と世界平和』243)
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次回は、「ゴルバチョフ大統領との会談」をお届けします。お楽しみに!