シリーズ・「宗教」を読み解く 251
キリスト教と日本㉚
宣教師のいなかった150年間

ナビゲーター:石丸 志信

 シドッティ神父が亡くなって後、150年間は一人の宣教師も日本に潜入することはなかった。
 切支丹に対する弾圧政策は徳川の幕藩体制を維持する基本の一つであり、幕末に至るまで変わらなかった。
 一般の人々の目にはキリシタンの信仰がいかなるものであるかは全く見えなくなったが、「邪教」のイメージだけは残った。

 そんな中、潜伏組織がつくられ、固い絆で結ばれた信仰共同体が存続した村では、密かに信仰の伝統が保たれてきた。
 それでも、時折、密告により役人の手入れがあり大量の切支丹があぶり出される事件が起こった。これを「崩れ」と呼んだ。

 浦上地方の村で1790年に「浦上一番崩れ」、1839年に「浦上二番崩れ」、1856年に「浦上三番崩れ」が起こった。
 一番、二番は捕らえられた者からの十分な証言が得られず事なきを得たが、三番崩れでは指導的人物が投獄され拷問を受け、獄死者や棄教者が出ている。
 ヨーロッパからカトリック宣教師が日本に再上陸する直前のことである。

 この頃、開国が近いことを期待して日本宣教の準備が始まっていた。
 17世紀の半ばに結成されたパリ外国宣教会は日本再宣教の使命を帯び、1844年には同会員のフォルカード神父が琉球に上陸。拠点を構えて日本語を学びながら鎖国が解かれるのを持った。これに数人のメンバーが加わった。

 日本は1858年に英、米、露、蘭、仏の5カ国と修好通商条約を結び開国に踏み切った。
 1859年にパリ外国宣教会のジラール神父が横浜に上陸。3年後にプティジャン神父、フューレ神父が来日することになる。



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