2022.05.14 12:00
スマホで立ち読み Vol.15
『生きた神様が働くとき』9
神明忠昭・著
スマホで立ち読み第15弾、ドクター神明の信仰エッセー『生きた神様が働くとき』を毎週土曜日(予定)にお届けします。
困難の中でも生きて働かれる神様の愛を発見する秘訣(ひけつ)を教えてくれる一冊です。
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第一章 愛して、仕えて、一体化
5 イエス様も絶対にメシヤだ!(1)
私は統一運動のメンバーとして、メシヤであられる真のお父様と真のお母様の路程を思うと、大きな愛と勇気の力が与えられます。それにより、試練のときにも人を心から愛し忍耐することができたと思います。
同時に、2千年前に来られたイエス様も、たとえ十字架上の死の路程を行かれた方だとしても、いや、十字架の路程を行かれた方であるがゆえに、メシヤとしてのすごい愛の力を持たれている、ということを言いたいと思います。実際、そのようなイエス様の愛を私は肌で感じました。
UTS(米国統一神学大学院)で教え始めてから3年ほどたった1988年頃のことです。UTSスタッフの中に問題児の女性(ユダヤ系米国人)がいました。彼女は協調性がゼロで、しょっちゅう人とぶつかっていました。また、他人から忠告されたり指図されたりすると、すぐに怒り出すのでした。
あとで分かったことですが、彼女は幼いときに実父から虐待を受け、それがトラウマとなっていた、かわいそうな食口(シック)だったのです。
彼女の問題を聞いた総長は、彼女に辞めてもらいたいと思ったようです。しかし、総長の独断によるのではなく、その前に一応皆の意見を聞いて、皆のサポートのもとに公式発表をしようということになり、UTSのトップ7、8人を集めた会合が開かれました。
彼らはみな、すでに総長の願いを知っているものですから、「はい。辞めてもらうべきです」と答えました。
ところが私の心の中には、それとは全く異なる思いがフツフツと湧いてきたのです。その思いがあまりに強いので偽ることもできず、「どうして辞めてもらうべきなのでしょうか。今まで私たちは彼女のために、一体どのくらいの時間を割いて、面倒を見ようとしたでしょうか」と失礼にも言ってしまいました。
総長も皆もびっくりしていましたが、「それでは、ドクター・シンミョウが責任を持って、彼女の面倒を見てくれたまえ」と総長が私に宣告して、会合は終わりました。
(続く)
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次回は、「皆に仕えるために歩みたい」をお届けします。お楽しみに!