2022.04.16 12:00
スマホで立ち読み Vol.15
『生きた神様が働くとき』5
神明忠昭・著
スマホで立ち読み第15弾、ドクター神明の信仰エッセー『生きた神様が働くとき』を毎週土曜日(予定)にお届けします。
困難の中でも生きて働かれる神様の愛を発見する秘訣(ひけつ)を教えてくれる一冊です。
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第一章 愛して、仕えて、一体化
3 リーダー同士の熾烈な争いをやめさせた神様の役事(1)
1985年の1月から辛うじてUTS(米国統一神学大学院)で教鞭(きょうべん)を執ることができるようになったばかりの私は、まだ駆け出し者にすぎませんでした。しかし、UTSを本当に神様の願う学校にしたいと祈りつつ、困っている学生を助けて励まし、またUTSのリーダーたちに無条件に仕えていきました。そのせいか、自分でも知らないうちに、ある事案に巻き込まれたのですが、決して私の力ではなく、神様の力でそれが解決されるということがありました。
その事案とは、その年の11月の後半、UTS慣例のクリスマスシーズンのファンドレイジングを予定どおり実行するかどうかをめぐって、UTS内の二人のリーダーが熾烈(しれつ)な争いを展開したことです。若手の事業部長(白人の米国人)と国際43双の大先輩である副総長(中国系米国人)との間の争いでした。
当時のUTSは奨学金全額支給制だったため、その代わりに学生は夏休みと冬休みを返上して、UTSのためにファンドレイジングをしていました。学生生活全般を支援する事業部が会社をつくってモールなどに臨時の店舗を出し、学生がさまざまな商品を売っていたのです。しかし、その年まで会社の事業があまりうまくいかず、多額の赤字になっていました。
事業部長は、その赤字をなくすためにも、そして将来のUTSの基盤をつくるためにも、慣例のクリスマスシーズンのファンドレイジングを断固続行すべきだと考え、計画していました。そこには総長(36家庭)の大きな期待もかかっていたのです。
それに対して副総長は、より現実的な考えを持っていました。赤字をなくすのは無理だから、今の事業をしている会社はつぶして、簡単な花売りでもやったほうが即効性があり、UTSのためになる、と主張してやまなかったのです。
副総長にとっては、彼よりも若い、生意気そうな事業部長があまりのし上がってきては困るという気持ちもあったようです。事業部長には、そのような副総長が現場を知らない高慢な人間に見えたようです。双方とも、自分は総長の支持を受けていると言い張って、議論は平行線をたどりました。そのような争いが11月後半ずっと続いたのです。
私は、原則的には教鞭を執ってさえいればよかった部外者ですが、彼らの不協和音がUTS全体に響きわたり、霊的にとても悪い雰囲気となっていたので、心配しながら祈っていました。
その日は金曜日で、私も1週間の務めを終えて、自動車で1時間半の所にある自宅に帰ろうとしていました。夕方7時からは事業部長と副総長がそれぞれアシスタントを1人ずつ伴って、合計4人で最終案にこぎつくための会合を開くことになっていました。
すでに暗くなっていたUTSの駐車場を7時ちょっと過ぎに出て、10分間ぐらい運転したでしょうか。突然、私は心配のあまり心が切なくなって泣きたくなり、“UTSにすぐにUターンせねばならない”という思いに駆られました。その後の自分の行動は不思議そのものでした。もはや自分ではないようでした。
(続く)
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次回は、「誇れるものは神様の力だけ」をお届けします。お楽しみに!