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預言 8
失踪した飛行機

 アプリで読む光言社書籍シリーズ、「小説『預言』」を毎週火曜日配信(予定)でお届けします。

 1983年9月1日、大韓航空機007便がソ連の戦闘機によって撃墜された。その事件で妹を失った崔智敏は、ソ連への復讐に燃えて立ち上がる。アメリカに渡り、ソ連に入る機会をうかがう智敏。しかし、スパイ容疑で逮捕され、ダンベリー刑務所に入れられてしまう。そこで出会ったもう一人の韓国人。彼はソ連の絶頂期にあって、驚くべき宣言をした。韓国、アメリカ、南米、ヨーロッパ、ソ連……。世界を巡りながら、智敏が目にした歴史の真実とは?

 本書は韓国のベストセラー作家である金辰明氏が、真の父母様が立てられた世界的功績に感銘を受け、執筆した小説の日本語翻訳版です。

金辰明・著

(光言社・小説『預言』より)

8 失踪した飛行機

 「ご案内いたします」

 先ほどのようにスピーカーからの案内ではなく、黒い背広を着て、胸に大韓航空のバッジを着けた中年の男性が、メガホンを握りしめてゲートの前に立った。

 ざわついていた人々は一斉に口をつぐみ、だだっ広い到着ゲートはいつの間にか、針が1本落ちても聞こえそうなほどの静寂に包まれた。

 「私は大韓航空の金浦(キムポ)空港支店長です。007便は着陸予定時刻である午前6時を2時間20分経過した現在、いまだ到着しておりません」

 支店長は乾いた唇を舌で一度濡(ぬ)らした後、緊張した声で言葉をつないだ。

 「韓国時間で昨夜午後10時頃、アラスカのアンカレッジ空港を出発した007便は、離陸直後に管制塔と交信し、離陸30分後、同じ航路を5分遅れで飛行していた大韓航空015便と交信した後、通過を報告すべき三つの地点では交信をすることなく、レーダーでも確認できませんでした」

 深い静寂に包まれる中、支店長が声を震わせながら、言葉を締めくくった。

 「現在、007便は行方不明です」

 不思議な光景だった。

 青天の霹靂(へきれき)というべき発表がなされたにもかかわらず、数多くの出迎え客のうち、誰一人として微動だにせず、息遣いさえも聞こえなかった。少し前まで、発表がないといって大声で悪態をついていた時とはまるで違う空気だった。

 人々はみな、口をぎゅっと閉ざしたまま、支店長の唇から目を離さなかった。

 このような沈黙が何を意味するかよく知っている支店長は、その場を去ることもできず、続けて何か言おうとしたが、何を言えばいいのか全く頭に浮かばなかった。

 「ほかの場所に着陸した可能性はありませんか? 不時着とか何か」

 出迎え客の一人が一縷(いちる)の望みを込めた声で尋ねたが、支店長の表情はむしろ、いっそう暗くなった。

 「まことに残念ですが……」

 「……」

 「007便が接近可能なすべての空港に確認しましたが、着陸した形跡はありませんでした」

 「不時着は?」

 「ご存じのとおり、太平洋ですので……」

 出迎え客たちは一縷の希望を見いだそうとするように質問を続けたが、支店長の答えは、すべての可能性を一つひとつ打ち砕くものだった。

 「日本と太平洋以外の、別の場所に着陸する可能性はないのですか? 途中にある島とか」

 「残念ながら、飛行機が着陸できる島はありません」

 「燃料はどのくらい残っているのですか? まだ空を飛んでいられる程度の燃料はあるのですか?」

 「それが……」

 その場にいた全員の視線が、支店長の口元に突き刺さった。

 ともかく、まだ飛行機が飛んでいるなら、それは生きているというニュースに違いないのであり、生きている限り、何かしらの方法があるはずだった。

 「速度と風によって変わってきますが、もしどこかを飛行しているなら、今頃はもう燃料がほぼ尽きかけていると思われます。007便が正常速度で飛行した場合、約四時間分の燃料を余分に入れてありました。飛行条件によって流動的ではありますが……申し訳ありません」

 智敏(ジミン)は突然頭の中が真っ白になり、意識が薄くなりかけた。

 矢のように降り注ぐ質問も、慌てふためく支店長の受け答えも、それに続く群衆のざわめきも、まるで映画のワンシーンであるかのように、無音のまま、ただ通りすぎて行った。回りにあるすべての事物がふわふわと浮かび上がり、空中をさまよっている。

 頭がくらっとしてめまいに襲われた。

 “智絢(ジヒョン)”

 唇が動いたのか、音が外に漏れ出たのか、あるいは頭の中を遠い記憶がよぎっただけなのかは分からないが、妹の名前を呼びながら、智敏の体がぐらっと横に傾いた。

 しかし次の瞬間、彼は頭を強く振った。このまま気を失ってしまうわけにはいかないのだ。智敏はがばっと身を起こした。

 「おい、この野郎!」

 言葉と同時に智敏は前に飛び出した。

 「うっ!」

 支店長は稲妻のように飛んで来た智敏の拳をあごに受け、悲鳴とともに仰向けにひっくり返ってしまった。

 驚いた職員たちが彼を止めようと駆け寄ってきたが、智敏の拳は容赦なく、職員たちの顔に次々とめり込んでいった。

 「このくそったれども、客を乗せておいて、生きているのか死んでいるのかも分からないだと? くそったれ、この畜生どもが!」

 警備員が駆けつけたが、智敏の拳はもはや相手を選ばなかった。

 しばらくして十数人の警備員に取り押さえられてからも、智敏のすさまじい罵倒はやむことがなかった。

 「飛行機が到着しなかったら、お前ら全員殴り殺してやる! 分かったか! このくそったれ、畜生ども、悪魔どもめ! 死ね! 死ね!」

 智敏の悪態は、ついには嗚咽(おえつ)に変わっていった。

 「殺してやる……この野郎、殺してやる! 殺してやるからな、ううっ!」

 007便失踪のニュースは、一瞬のうちに全世界を駆け巡った。
 ICAO(イカオ/国際民間航空機関)は航路と隣接したすべての管制センターに対して、007便に関連するあらゆる情報を送るように指示し、韓国国防部はもちろん、アメリカの軍事および情報関係機関もみな、007便の所在を把握するために全力を尽くした。

 しかし、007便の行方は依然として分からなかった。

 午前3時を少し過ぎた時点で同じ大韓航空の015便と短い交信をした後、午前3時20分頃、燃料を節約するために高度を上げるので承認してほしいという連絡が東京の管制センターに入ったのが最後だった。

 それ以降は、いかなる航跡も確認できなかった。
 こうして消えた007便が最後に姿を現したのは、予想外の場所だった。

 経団連の行事に参加していた日本の首相は、秘書からの急ぎの伝言を聞くや席を立ち、受話器を取った。

 「総理、防衛庁長官です」

 防衛庁長官の声が非常に緊張していることを感じて、彼は受話器を耳元にぴたりと寄せた。

 「何があった?」

 「この電話は、盗聴の恐れはないでしょうか?」

 「大丈夫だ」

 「失踪した大韓航空の旅客機は、ソ連の戦闘機のミサイルによって撃墜されました」

 「何だって? 本当か?」

 首相は思わず声を張り上げた。

 「間違いありません」

 「どこで?」

 「サハリンの西にあるモネロン島付近です」

 「ソ連の領空内か?」

 「そうです」

 「……!」

 首相は茫然(ぼうぜん)自失し、ため息を漏らした。

 「どうして分かった?」

 「稚内(わっかない)の基地で、ソ連戦闘機のパイロットと第17空軍基地司令室との通信を傍受しました。完璧に録音されています」

 「早く執務室に持って来てくれ」

 行事の最中だったが、首相は経団連の人々に手短に挨拶を済ませ、すぐに執務室へ向かった。

 「敵機発見、肉眼で確認」

 「機体識別後、報告せよ」

 「機体が非常に大きい。識別灯を点滅させている」

 「オシポーヴィチ、敵機を誘導着陸させろ」

 「ぐずぐずしているようなら、ためらわずに即刻撃墜しろ!」

 「オシポーヴィチ、敵機を撃墜せよ!」

 「敵機が急上昇!」

 「撃墜しろ! さっさと撃ち落とせ!」

 「照準完了!」

 「ミサイル発射!」

 「敵機撃墜! 任務完了!」

 既に10回以上もパイロットと司令室とのやり取りを聞いた首相の表情は、これ以上ないほど硬くなっていた。

 「稚内(わっかない)で、すべて詳細に傍受しました」

 防衛庁長官は興奮していたが、首相の頭の中は複雑に絡まっていた。

 「録音を基に、状況を説明してみろ」

 防衛庁長官は準備した地図を指さしながら説明した。

 「大韓航空007便はアラスカを出発した後、何らかの理由で本来の航路を外れ、ソ連領空に向かって飛んで行きました」

 地図には通常の大韓航空の航路と、今回の飛行の推定航路がはっきりと示されていた。

 首相はアラスカからソ連に向かって飛行した007便の推定航路を指でなぞりながら、不思議そうに首をかしげた。

 「一体なぜこんな飛行をしたんだ?」

 「分かりません」

 「パイロットミスの可能性はあるのか?」

 「ありません。ボーイング747は簡単な操作だけでまっすぐ目的地に向かう、慣性航法装置で飛ぶため、パイロットミスの可能性はゼロです」

 「それなら故意か? もし故意なら、どういうケースが考えられる?」

 「正確には分析してみなければ分かりませんが、いずれにしても、アメリカと関わりがあるのではないでしょうか?」

 「アメリカと?」

 「アメリカと韓国の軍事的共同体関係を念頭に置くなら、やはりアメリカと何らかの関係があるかと……」

 「秘密工作か? でなければ、韓国の旅客機がアメリカの軍用機の代わりに偵察飛行をしたとでも? 乗客を大勢乗せてか? あり得ないだろう」

 「その部分はさらなる分析をしてから報告いたします。ともかく、まだ理由は分かりませんが、彼らは普段の航路よりも800キロほど北を飛行しました。その結果が、このテープに録音されたものです」

 首相は依然として納得できないというように首をかしげていたが、突如我に返ったかのように顔を上げ、急いで尋ねた。

 「待て、大韓航空なら日本人の乗客もいるのか?」

 「まだ韓国政府から詳しい情報は入っていませんが、通常はニューヨーク・ソウル間の大韓航空便に日本人が20人以上は乗るとのことです」

 「あぁ、そんなに多いのか!」

 首相は沈鬱な表情で防衛庁長官を見つめ、独り言のように力なくつぶやいた。

 「ひとまず007便が撃墜された事実を韓国政府に知らせなければな」

 「それはいけません」

 首相は防衛庁長官の断固とした口調に、怪訝(けげん)な顔をした。

 「韓国政府に知らせれば、この録音内容が外に出ることになります。この内容が流出すれば、ソ連は我々が傍受をしていることにすぐ気づきます」

 「しかし人道的な見地からいって、知らせるべきじゃないか?」

 「総理、5億ドル以上費やして稚内(わっかない)の傍受システムを構築したのですよ。このシステムは、日本の防衛のためにだけ使うべきです」

 首相の声が憂いを帯びた。

 「最後まで機密保持ができるのか?」

 「どういう意味でしょう?」

 「私と君がこうして会議をしたこと自体が問題なんだ。あとで我々が撃墜の事実を隠したことが明らかになれば、容赦ない非難を浴びることになるが、最後までこの事実を隠しおおせるのかということだ」

 「現在この事実を知っているのは、防衛庁以外では総理お一人です」

 「防衛庁では?」

 「5人います」

 「彼ら全員が秘密を漏らさないと断言できるのかな?」

 「もちろんです。彼らはプロです」

 防衛庁長官は自信満々に答えたが、首相は首を横に振った。

 「被害者の中には日本国民も多くいるだろう。政府が撃墜の事実を隠蔽していたことが、後々にでも明るみに出れば、私と君は国民を見捨てた売国奴になってしまう。すぐに公開すべきだ」

 「しかしこれを知らせれば、今後、ソ連の情報を傍受することは不可能になります。秘密基地がすべて露見してしまう上に、ソ連は暗号体系も丸ごと変えてしまうでしょう。ですから、これを韓国に知らせるというのは、苦労して得た品を自ら手放すようなものです」

 「確かにそうかもしれないが、韓国政府と韓国人は大いに感謝するだろう」

 「そのために、この重要な情報を教えてやるというわけにはいきません」

 「しかし、秘密にしておけるものでもないだろう」

 苦衷に満ちた顔でしばし考えに浸った首相は、突然明るい表情を浮かべて言った。

 「それならアメリカに知らせようじゃないか。アメリカに公開するほうがよい。どう転んでもプラスになるだろう」

 「分かりました。アメリカ大統領が発表した後なら、マスコミに情報を流すのもよろしいでしょう。日本にいるアメリカのCIAが傍受したのであって、日本政府は何も知らなかったことにするのです」

 「いい考えだ」

 首相は腕時計をちらりと見た。午前10時。アメリカは夜であり、その上レーガンは休暇中だったが、首相は秘書を呼びつけて指示を出した。

 「アメリカ大統領につなげ。失踪した大韓航空007便に関する極秘情報と言うのだ」

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 次回(4月20日)は、「表と裏」をお届けします。


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