愛の知恵袋 86
孫は来て良し、帰って良し

(APTF『真の家庭』205号[2015年11月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

心にポッカリと空いた穴

 正直に言って、妻が逝ってからというものは、生きる張り合いを失ってしまったような喪失感がありました。時々、耐え難い思いに襲われます。「妻の分まで頑張って生きなければ」と自分を鼓舞し、しっかりと生活しているつもりでも、どこかが抜けてしまう…というようなありさまです。

 それでもまだ、自分には子供がいます。家族がいるということは本当にありがたいことです。とは言っても、現実には娘は国際結婚で国外に住んでいるし、息子は就職して東京で暮らしているので、結局は“お一人様”ということになります。

 買い物、炊事、洗濯、掃除、ゴミ出しなどを自分でやるのは当然のことですが、今まで妻がしてくれていた各方面への細かい支払いや税務申告、そして親戚やご近所との付き合いまで全てを自分でやらなければなりません。何かにつけて相談したくても、目の前に相談相手がいない…ということは本当に困ったものです。「私の偉大さがわかったでしょ!」という妻の声が天から聞こえてきそうです。

一人で食べるご飯の味

 日常の家事や雑務にはだんだん慣れてきますが、やはり一番身に応えるのは、“一人で食事をする時の虚しさ”です。どんなものを食べてもなぜか満足感がないのです。自分の料理が下手であるということを差し引いても、やはり、人間にとっての食事というものは、単に食べ物を口に入れることではないようです。

 物を食べれば“おなか”は満たされるのですが、“心”に喜びが湧かないのです。食事というのは、“人と喜びを分かち合う場である”ということを改めて実感させられました。

 今年の初めから、「よし、独り暮らしのペースを作りあげよう」と決意して、生活スケジュールから家事や食事の仕方まで、いろいろと工夫してみました。ご飯と味噌汁さえ作っておけば、あとはおかずは適当にそろえればよい。たまに外食をすれば気分転換ができる。また、家で一人で食べる時も、テレビを見ながら食事をすれば寂しくはないということも発見しました。

 「人は一人では生きてゆけない」…聞き慣れた言葉ですが、これほど奥深い言葉はありません。一緒にいれば煩わしく感じたり、憎まれ口をたたいたりし合う仲でも、いつも話し合える家族がいるということは素晴らしいことなのです。

 普段は気が付かないけれども、いるだけで心の支えになっているのです。それは失ってみたときに初めてわかるものなのかもしれません。

 もう一つ、心に張りを与えてくれたものは“仕事”でした。仕事に出かけていき、そこで多くの人達と交流できることは、とてもありがたいことでした。そして、時々親しい友人と一緒に食事をしながら話をすると本当に心が温まります。やはり、“持つべきものは良き友”です。

写真はイメージです

天から孫がやってきた

 妻の他界から1年半が経った今年の27日に、娘夫婦に男の子が生まれました。私にとっては初孫です。心の中に大きな光が射したような気がしました。新しい命を与えて下さった神様の深い愛を感じざるを得ません。6月の末に、娘がその幼子を抱いて帰省してきました。私を慰労しようとする娘の心配りでしょう。

 呼びかけると目を丸くして口をあけてよく笑う。かわいい…、実にかわいい…。実際に会ってみると、予想していたよりも何倍も可愛いものでした。特に可愛かったのが、腹ばいで頭と握った両手と両足を上にグンとそらしてみせるスーパーマンのポーズです。私は「すごい、すごーい!」と手を叩いて、鉄腕アトムの歌を歌いました。

 それからは、私が名前を呼ぶと、すぐそのポーズをしてくれます。来た時はやっと寝返りができるだけでしたが、幼児の成長は実に早く、帰る頃はどんどん這って動き回るようになりました。

休めない娘を全力でサポート

 結局、2か月半、娘と孫と暮らしたのですが、その感想はと言うと…。嬉しいのと疲れたというのが入り混じった何とも表現しがたい気持ちです。娘にとっても初めての赤ん坊なので気を使い、夜も休めず毎日睡眠不足の中を一生懸命にやっています。

 それを見てじっとしているわけにはいきません。もし妻が健在だったら、きっと細かく世話をしてあげただろうと思ったので、「私が妻の分まで見てやらないと…」と考えて全力でサポートしようとしたのです。孫の世話のほか、買い物も炊事も洗濯も掃除も全て3倍になり、気が付いたら2キロやせていました。ほかのことが何もできません。1か月を過ぎたころから、こちらもフラフラになりながらの共同作業です。

 「孫は来て良し、帰って良し」とは、実に言い得て妙ですね。これが2人目、3人目となったらどうなることやら……。いつだったか、年長の友人が「孫が来ないのも寂しいけれど、来てくれても3日で十分だね。それ以上は骨身に応えるよ」と言っていたのを思い出し、至極“納得”したものでした。