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【テキスト版】
そうだったのか!統一原理

33回 再臨主はいつ来られるの?

めい
 皆さん、こんにちは。
 「そうだったのか!統一原理」へようこそ。
 ナビゲーターの「めい」です。

 きょうも皆さんと一緒に、統一原理を参考にしながら、幸福な人生はどのようにしたら得られるかについて考えていきたいと思います。

 どうぞよろしくお願いします。

はると
 こんにちは、皆さんと一緒に統一原理を学ぶ、「はると」です。
 よろしくお願いします。

めい
 はると君、「そうだったのか!統一原理」も今回から最終章に入るわよ。

はると
 え? めいさん!
 そうなんですか?

 もう終わっちゃうんですね。
 なんだか寂しいですね。

めい
 今回と次回は、キリストの再臨について学んでいくわ。

はると
 めいさん、いよいよですね!

 いつ、どこに、再臨主が来られるのか、というテーマですね。

めい
 それでは、イスラエル民族の歴史とキリスト教の歴史を比べてみましょうね。

 そこに同時性が現れていることが分かるわ。

 イスラエル民族史の「エジプト苦役時代」400年の同時性は、キリスト教史の「ローマ帝国迫害時代」。

 392年にキリスト教が国教化され、迫害時代が終結したのね。この間が約400年なの。

 イスラエル民族史の「士師時代」400年の同時性は、キリスト教史の「教区長制キリスト教会時代」。

 チャールズ大帝の戴冠式が800年で、392年から数えて約400年なの。

 イスラエル民族史の「統一王国時代」120年の同時性は、キリスト教史の「キリスト王国時代」。

 800年のチャールズ大帝の戴冠式から919年のヘンリー(ハインリヒ)1世のドイツ王即位までが119年。つまり約120年なの。

 イスラエル民族史の「南北王朝分立時代」400年の同時性は、キリスト教史の「東西王朝分立時代」。

 919年から1309年の法王の捕囚までの390年。つまり約400年なの。

 イスラエル民族史の「ユダヤ民族捕虜および帰還時代」210年の同時性は、キリスト教史の「法王捕虜および帰還時代」。

 1309年から1517年のルターの宗教改革までが218年。つまり約210年にとても近いの。

 このように、少しの誤差はあるけれど、ほぼ同じ年数を経ながら同じような歴史の事象が現れ、繰り返していることが分かるの。

はると
 めいさん、分かりました!

 これはそれぞれの時代を蕩減復帰している現象だということですね。

 そうなると、最後の期間はこうなりますね。

 イスラエル民族史の「メシヤ降臨準備時代」400年の同時性は、キリスト教史の「メシヤ再降臨準備時代」。

 イスラエルのマラキ預言者からイエス様降臨までの400年間の「メシヤ降臨準備時代」がルターの宗教改革以降の400年間の「メシヤ再降臨準備時代」に相当するということです。

めい
 はると君、するどいじゃない。

 バビロン捕囚を経たユダヤ民族が悔い改めて律法を研究し、ユダヤ教を信奉してメシヤの降臨を待望したように、クリスチャンが宗教改革運動を通じて悔い改めて聖書を研究し、信教の自由を打ち立てながら再臨主を待望したのね。

はると
 なるほど、です。

 神の摂理歴史には、数理的な同時性があることが分かります。

 そうであるとすれば、イエス様はいつ再臨されるのでしょうか?

めい
 キリスト教の歴史の数理的な摂理期間を足すと、次のようになるわね。

 400+4001204002104001930

 つまり神の摂理歴史は、1930年周期で目的に達しているということなの。

 だとすれば、イエス様は西暦1930年までに再臨するということになるわね。

はると
 ということは!

めい
 はると君もその意味が理解できるわね?

 そうなの。私たちが生きているこの時代にメシヤは再臨しているということなの。

はると
 うわ~すごい!

 もう、ご高齢ですよね、めいさん?

めい
 そうね、はると君。

 もうすでに再臨主はいらっしゃるということになるわね。

 私たちは再臨のメシヤが来られている時代、まさに黄金期に生まれ合わせた者たちだということなの。

はると
 イエス様の時のことが思い起こされます。

 それは幸運の時を迎えていると同時に、再臨のメシヤを正しく迎えなければならない使命が私たちにある、ということですよね?

めい
 そのとおりよ、はると君。

 『原理講論』には、このように書いてあるわ。

 「イエスの初臨のときと彼の再臨のときとは、摂理的な同時性の時代である。それゆえに、今日のキリスト教を中心として起こっているすべての事情は、イエス当時のユダヤ教を中心として起こったあらゆる事情にごく似かよっている。

 …今日のキリスト教信徒たちも、イエスの初臨のときのユダヤ教徒と同じく、イエスが再臨されるならば、彼らが真っ先に主を迫害するようになる可能性がある」(『原理講論』、599ページ)

はると
 つまり再臨主は、イエス様と同じように世の中から迫害されている可能性があるということですね?

めい
 そうなの、はると君。

 私たちは「同じ過ちを繰り返してはならない」という戒めを持ちながら、再臨主を待ち望まなければならないのね。

めい
 皆さん、いかがでしたか?
 「そうだったのか!統一原理」

 今回はこの辺で。次回もお楽しみに!
 ではまた、お会いしましょう!