2025.02.20 22:00
【テキスト版】
そうだったのか!統一原理
第29回 イエス様の復活と再臨
めい:
皆さん、こんにちは。
「そうだったのか!統一原理」へようこそ。
ナビゲーターの「めい」です。
きょうも皆さんと一緒に、統一原理を参考にしながら、幸福な人生はどのようにしたら得られるかについて考えていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
はると:
こんにちは、皆さんと一緒に統一原理を学ぶ、「はると」です。
よろしくお願いします。
めい:
前回学んだように、イエス様に最も近い3人の弟子までもがイエス様と一つになれず、イエス様は裁判にかけられてしまったの。
はると:
そうなんですね。
孤独なイエス様の姿に胸が痛みます。
めい:
裁判にかけられたイエス様を見にユダヤの群衆が集まってきて、こう叫んだの。
聖書を読んでみるわね。
「彼らはいっせいに『十字架につけよ』と言った。しかし、(総督)ピラトは言った、『あの人は、いったい、どんな悪事をしたのか』。すると彼らはいっそう激しく叫んで、『十字架につけよ』と言った。ピラトは手のつけようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った、『この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい』。すると、民衆全体が答えて言った、『その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい』」(マタイによる福音書 第27章22~25節)
ユダヤの民衆は、イエス様の死の責任が「子孫の上にかかってもよい」とまで言っていたのね。
実際、その後の歴史を見れば、ユダヤ人は国を失って流浪の民となり、「ユダヤ人」というだけで、世界各地で迫害されるようになってしまったの。
はると:
めいさん、ユダヤの人々は、なぜそこまでヒステリックになってイエス様を攻撃したのでしょう?
めい:
はると君、それはね。
指導者たちがイエス様を、「偽メシヤ」であると扇動したからなの。
メシヤを迎えることを民族の使命としている彼らにとって、偽メシヤは最も許しがたい極悪人であり、民族の裏切り者だったの。
はると:
偽メシヤ、極悪人、裏切り者…。
指導者たちが大衆を扇動したんですね。
めい:
イエス様は十字架にかけられる前にむちで打たれたの 。
そのむちの先は三つか四つに分かれていて、鋭利な動物の骨や鉛が埋め込まれていたの。
はると:
うえ~、こわ~。
想像するのも耐えられません。
めい:
そうなのよ、はると君。
イエス様の体は十字架にかかる前に、すでに切り裂かれ、深い傷と打撲でボロボロになっていたはずよ。
はると:
深く傷ついた心に、傷だらけの体。
心身共の激痛の中にイエス様は置かれたんですね。
めい:
そうよ、はると君。
イエス様はね、朝の9時から午後の3時まで6時間もさらされ、群衆にさげすまれながら十字架上で息を引き取り、その後脇腹をやりで突き刺されたの。
はると:
十字架の刑…。
それは、人類が考えついた処刑方法の中で最大の苦痛を長時間与え続ける最も残酷な刑だといわれていると聞いたことがあります。
めい:
そうね。
だけどその苦痛の絶頂でイエス様が残した一つの言葉が世界を変えたの。
「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカによる福音書 第23章34節)
イエス様が息を引き取られたのを見た百卒長がこう言ったの。
「まことに、この人は神の子であった」
(マルコによる福音書 第15章39節)
はると:
百卒長というのは、どのような人なのですか?
めい:
百卒長というのは、ローマ兵の百人隊を率いる隊長をいうの。
彼はそれまでに何人もの極悪人を処刑してきたの。
その経験から、罪人たちが必ず恨みの言葉を吐きながら死んでいくことを知っていたの。
それで悪人の中の悪人といわれたイエス様がどんな暴言を吐きながら死んでいくかを見ていたの。
だけど苦しみの絶頂で放たれた一言は彼の心を打ったのね。
私心なく神と民に向けられた真の愛の言葉に衝撃を受けたの。
それで、「この人は本当に神の子メシヤであった」と、証ししたのね。
はると:
何か映画の一場面を見ているようです、めいさん。
心が震えます。
めい:
私もよ、はると君。
その後不思議なことが起こったの。
イエス様の亡きがらが埋葬から3日目にお墓から消えてしまったの。
その後、弟子たちの中に、「イエス様に会った」という者たちが現れたの。
もちろんそれは肉身ではなく、霊人体で現れたことを意味しているのね。
はると:
弟子たちはイエス様の霊人体と出会ったということですね。
めい:
そうね。
このようにして復活したイエス様は弟子を再び呼び集めたの。
その後イエス様は天に昇っていかれるのだけれど、その時、天使たちが「あなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」と告げたのね。
これが再臨の預言なの。
それでクリスチャンたちは、「主よ、来たりませ」と讃美歌を歌いながら、祈りの中で2000年もの間、再臨主が来られるその日その時を待ち望み続けてきたというわけなの。
はると:
メシヤの再臨。キリスト教の歴史は、再臨のキリストを待ち望む歴史だったんですね。
めい:
イエス様は十字架上で命を奪われ肉身を失ったの。
でもイエス様は、裏切られても見捨てられても変わらない真の愛の故に、3日目に復活することができたの。
はると:
イエス様は最後まで人類に対して親の心情を持ち続けたかただったのですね。
めい:
それが将来、霊肉共の「真の父母」となるために再臨することのできる条件となったの。
イエス様は3日目に復活し、40日間にわたって弟子たちに現れ、その後、昇天したのだけれど、やがて「聖霊」が降臨し、イエス様と聖霊が霊的真の父母になったの。
それで、クリスチャンたちはイエス様と同じくらい聖霊を慕ってきたということなのね。
はると:
イエス様と聖霊…。
クリスチャンはイエス様と聖霊を通して生まれ変わっていったということでしょうか。
めい:
そうよ、はると君。
でもね。イエス様と聖霊の愛を信じた人たちは霊的にのみ、重生されたということなの。
それはイエス様が結婚できず、家庭を持つことができず、霊肉共の真の父母になることができなかったからなの。
それ故、人類をサタンの血統から神の血統に生み変えることができなかったのね。
だから十字架の救いの後も、人類は「血統問題」に苦しみ続けざるを得なかった。
それでイエス様は、「もう一度来る」と言われたのね。
それは肉身を持って地上に再臨され、「小羊の婚宴」をして人類の真の父母となるためだった。
そして神の愛によって人類を霊肉共に重生し、人類をサタンの血統から解放して救いの目的を成就する道を開くためなの。
再臨主こそ、私たちの救いの鍵なのね。
はると:
そうなんですね。
ではいったい、イエス様は、いつ、どこに再臨されるのですか?
めい:
そうね。それが一番知りたいことよね。
「再臨」については、次回以降でお話しするわね。
めい:
皆さん、いかがでしたか?
「そうだったのか!統一原理」
今回はこの辺で。次回もお楽しみに!
ではまた、お会いしましょう!