2025.02.13 22:00
【テキスト版】
そうだったのか!統一原理
第28回 イエス様の十字架の死は神の願いではなかった!
めい:
皆さん、こんにちは。
「そうだったのか!統一原理」へようこそ。
ナビゲーターの「めい」です。
きょうも皆さんと一緒に、統一原理を参考にしながら、幸福な人生はどのようにしたら得られるかについて考えていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
はると:
こんにちは、皆さんと一緒に統一原理を学ぶ、「はると」です。
よろしくお願いします。
めい:
ところで、はると君。
キリスト教、イエス様といえば、どんなイメージ?
はると:
そうですね。
やはり、「十字架」ですかね。
十字架のないキリスト教会は考えられません。
イエス様といえば、やはり十字架、ですよね。
めい:
そうね。
確かに、ほとんどの人たちはそうじゃないかしら。
でも、イエス様は十字架にかかることを願っていなかった、と言ったら、どう思う?
特にクリスチャンの皆さんは驚くことでしょうね。
なぜなら、キリスト教会では、「イエス様は私の罪を背負って死んでくださったが故に私の罪が赦(ゆる)された。イエス様は十字架で死ぬために来られたかたである」と教えているから。
はると:
だからキリスト教は、十字架が救いのシンボルなんですね。
めい:
でも真実は違うところにあったの。
急速に発展していくイエス様の団体を恐れて、それを嫌ったのが当時のユダヤ教の指導者たちだったの。
彼らは真実を知ろうともせず、権力を行使してイエス様に弾圧を始めたのね。
イエス様を慕ってついてきた数千人の人々は、自分に危害が及びそうになると、たちまちイエス様から離れていってしまったの。
はると:
そうなんですね。
権力による迫害や弾圧、宗教や信仰の道には、常に起こってくるものですね。
めい:
イエス様の72人門徒も離散し、ついに12弟子の中からも裏切り者が出たの。
それがイスカリオテのユダだったの。
はると:
「ユダの裏切り」「裏切り者のユダ」。
聞いたことがあります。有名ですよね。
めい:
ユダは12弟子の中でも、学識のある人だったといわれているわ。
でも結局、イエス様を不信してしまったのね。
そしてイエス様を捕まえようとしていた指導者たちの所へ行き、銀貨30枚と引き換えにイエス様を引き渡す約束をユダはしてしまった。
文字どおり、イエス様を売ってしまったの。
でも、すでにそのことを察知していたイエス様は、「最後の晩餐」の席で不思議な行動を取るの。
「水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた」(ヨハネによる福音書 第13章5節)の。
第一弟子のペテロの番になると、彼は驚き、恐縮して、「わたしの足を決して洗わないで下さい」(ヨハネによる福音書 第13章8節)と言うの。
するとイエス様はこう答えたの。
「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」(ヨハネによる福音書 第13章8節)
はると:
へえ~、イエス様が弟子たちの足を洗ってあげたんですね。
めい:
この行動にはね、はると君。
イエス様のある重要なメッセージが込められていたの。
普通、目上の人が目下の人の足を洗うことはしないの。
でもね、目上の人が目下の人に僕(しもべ)のように尽くす関係が世の中で一つだけあるの。
それが「親子の関係」なの。
はると:
なるほど!
イエス様と弟子は親と子の関係なんですね?
イエス様が親で弟子たちは子供たちということですね!
めい:
イエス様は、「私が親であり、おまえたちが子供であるなら、私たちは永遠の関係になれる」と教えたかったの。
イエス様はペテロを息子として愛していたのね。
でもその親心はペテロに伝わっていなかった。
もし心が通じていたら、イエス様には十字架にかからずに生きて「真の父母」として勝利する道があったの。
この時、ペテロはイエス様と次のような会話をしているわ。
「『主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です』。
するとイエスが言われた、『ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』」(ルカによる福音書 第22章33~34節)
その後、イエス様は三弟子をゲツセマネという場所に連れて行き、心を一つにして共に夜を徹して祈るように言ったの。
そして、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」(マタイによる福音書 第26章39節)と必死に祈ったの。
はると:
それは、めいさん!
もしかしてイエス様は十字架の道を望んではいなかった、ということではありませんか?
めい:
そうなの、はると君。
イエス様は「十字架ではなく、生きて勝利する道はないか」と神に祈っているの。
それは命を惜しむからではなく、「生きて神の願いを果たし、人類に救いの道を開いてあげたい」という思いからだったの。
はると:
うわ~、子供である弟子たちは、どんな思いで親であるイエス様を見つめていたんだろう?
めい:
はると君、そうなの。
その時、人類を代表していたのがイエス様の目の前の三弟子だったの。
でも、彼らにはイエス様の必死の思いが分からなかった。
イエス様は、「目をさましていなさい」(マルコによる福音書 第14章34節)と繰り返し諭したのね。
でも彼らは睡魔に勝てず、三度眠っていた。
こうしてイエス様を支える「メシヤのための基台」は崩れ、イエス様が十字架にかかることが決定してしまったの。
はると:
めいさん、それは歴史的な大失態じゃないですか。
深刻なイエス様の前で眠りこけてしまうなんて!
三弟子はとんでもないことをやらかしちゃったんですね。
めい:
そうね。
そこへ兵卒らを連れたイスカリオテのユダがやって来て、イエス様は逮捕されてしまうの。
彼らの後ろをついて行ったペテロは、大祭司の中庭で人々から「おまえも仲間だろう」と追及されると、そのたびに「あなたが何を言っているのかわからない」「そんな人は知らない」「その人のことは何も知らない」(マタイによる福音書 第26章70~74節)と三度否定したの。
するとすぐ鶏が鳴くのね。
ペテロは「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」(マタイによる福音書 第26章75節)というイエス様の言葉を思い出し、激しく泣いたの。
ペテロはイエス様をメシヤだと信じ、命を懸けて守るほど大切な人だと分かっていたの。
はると:
それでもイエス様を裏切ってしまった。
自分を守りたい弱さ故に、大切な人を見捨ててしまったのですね。
めい:
皆さん、いかがでしたか?
「そうだったのか!統一原理」
今回はこの辺で。次回もお楽しみに!
ではまた、お会いしましょう!