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女性の立場から見たレダ 12

(『世界家庭』2017年5月号「心情の十字架を超える道—女性の立場から見たレダ—(後)」より)

 『世界家庭』に掲載された飯野絢子(あやこ)さんの証しを、毎週水曜日配信(予定)でお届けします。

 飯野貞夫・天一国特別巡回師(777家庭)の夫人・絢子さん(2024年10月聖和、享年86)は、飯野巡回師と共に2008年から4年間にわたってレダ(パラグアイ)に滞在し、開拓にいそしむ日本人国家メシヤたちを支えました。そんな絢子夫人のレダでの歩みを紹介します。

▲飯野貞夫さん・絢子さん夫妻(2011年、レダ)

天宙聖和2周年記念行事に前大統領夫妻が参席(前)

 201233日、私たち夫婦は急きょ、帰国しました。日本で責任を持たざるをえない事情が生じたからです。悔しい帰国でした。しかし2013年の基元節はレダで迎えることができ、言葉では言い表せないほどの感動がありました。

 そして2014425日、第2回となるパクー稚魚放流式典に夫婦で参加したのです。夫はこの式典の場で真の父母様を宣布する決意をもって臨んでいました。この決意に対しては数々の試練がありました。夫の頭髪は、ほんの2か月ほどですっかり抜け落ちました。

 また31日には、レダの中田さんから突然、日本の私たちに電話があり、運転手として雇っていたアウグスチン氏(パラグアイ人)の事故死が知らされました。彼はタクシードライバーの経験が長く、常に安全運転を心掛ける運転のプロで、私たちが最も信頼する仲間の一人でした。誠実で信仰心に厚く、次第に真の父母様を受け入れるようになっていたのです。そんな彼の、白昼の直線道路での事故は考えられないものでした。

 彼は完全に祭物になったと思われます。メシヤ宣布をしようと決意すれば、あらゆる出来事を覚悟すべきなのかと、改めて身の引き締まる思いでした。

 式典会場に掲げる、真の父母様の大きなお写真を日本で準備したのですが、空港のAA(アメリカン航空)カウンターでは積み込みを拒否されました。AAと共同運航便のJAL(日本航空)カウンターに移動して手続きしたところ、ようやく許可がもらえたのです。

 式典の1週間前にはレダ入りして、さまざまな準備に入りましたが、予想以上に臨機応変の対応が要求されました。パラグアイ教会の協力と、アルゼンチンから駆けつけてくれた2人の宣教師の応援は、本当に心強いものでした。

 私は全体の準備のため、式典会場にも放流式の岬にも行く時間がない立場でしたが、合間を見つけて会場をのぞくと、ちょうどフランコ前大統領が壇上で、「レバレンド・ムーン」を連発しながらメッセージを語っているところでした。その式典に彼は、現役の上院議員である夫人を同伴して参席していました。

▲パクーの養殖についてマグノ教授(右)から説明を受けるフランコ前大統領夫妻(2014425日、レダ)

 夫は、中井重幸さん(セネガル国家メシヤ、1800家庭)の通訳を通して、真の父母様の願いを宣布し、奉献することができました。

 「再臨の主であり、人類の真の父母であるレバレンド・サン・ミョン・ムーンは、妻である韓鶴子(ハン・ハㇰチャ)総裁を伴い、75歳を過ぎてから、このパンタナールで生活しています」

▲放流式典で真の父母様を宣布する飯野貞夫さん(同上)

(続く)

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 次回は、「神様が願われる『完全』という基準」をお届けします。