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心情開拓
心霊を育てる生活原則(193)

 原理を生活化するために、李耀翰(イ・ヨハン)先生(1916~2019)が信仰のイロハを日本人の心情を分析しながら説かれた講話集、「心情開拓~心霊を育てる生活原則」を毎週金曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭連合の教会員の皆さまはもちろん、世代を超えて多くのかたに読んでいただきたい書籍です。

李耀翰・著

(光言社・刊『心情開拓~心霊を育てる生活原則』〈200549日第3版発行〉より)

19 自分に勝とう

▲李耀翰先生

戦いの対象は自分

 「何の条件もないのに鞭(むち)打たれた」と言って、悔しく思ってはならないのです。善なる人は、心がすべてを分かるようになっているのです。最初、自分が失敗したように、負けたように、無視されたように思えるのですが、心は強くなるのです。

 お父様は迫害された時に、「よし、あとで見よう。時間の問題である」と思われながら、ずっと耐えてこられたのです。「善を行ったなら落胆してはならない」と聖書では証(あかし)しています。善とは何でしょうか。物事に誠を尽くし、すぐに良い結果が出ないといっても慌てずに、与えられた環境を立派に勝利することも善なる行為の一つなのです。

 人には忍耐心がなければなりません。マラソン選手が競技中に息が苦しいといって休んだのでは、勝つことはできません。マラソンは自分との限りない戦いなのです。ですから、他人と競い合って勝つのではなく、自分と戦って勝たなければならないのです。

 信仰生活も同じです。お父様は、「天宙を主管する前に自己主管」と言われました。自己主管ができれば、天宙主管ができるというのがお父様の生活信条です。自分に勝つことです。自分自身に負けると、すべては失敗です。ゆえに、このような生活信条をもって私たちは、信仰生活に臨まなければなりません。

 自分に勝とう、眠ることに勝とう、食欲に勝とう。情欲の奴隷になってはいけません。精神力をもって肉身を克服しなければなりません。このように日常の小さなことまで勝利しなければなりません。

 人の一生とは、考えてみれば短いものです。あっという間に30歳、40歳になるのです。そのような人生なのに、この肉身の欲望に負けていては、本然の価値を取り戻すことはできません。それゆえに私たちは、自分と戦って勝利しなければなりません。

 このように考えると、戦いの対象とは回りの環境や他人ではなく、正に自分であるということができます。そして、本心に順従すれば、愛の実体となり、本心に逆らって生きれば、怨讐(おんしゅう)となるのです。私たちの肉身は、「眠りたい、遊びたい、自分勝手にやりたい」と思うのです。しかし、秩序を守ってこそ自由が得られるのです。秩序を守らなければ、私たちは不自由に苦しむようになるのです。そればかりではありません。秩序を守らなければ、私たちは、拘束されるようになるのです。秩序を守らない人は、一生、福とは縁がなくなるのです。

 父親よりも優れた子供になるには、父親の姿を見て子供が感動し、子供の姿を見て父親が感動するようにならなければなりません。父親の社会的身分が低いといって、後ろ指を指すことは、子たる者のすることでしょうか。「私がお父さんのような歳になった時には、お父さんのような貧しい生活はしたくない」と思うとしましょう。

 しかし、その父親は貧しい人生が好きでそのようにしているのでしょうか。父親が世の中の環境にぶつかってみるとそのようになったのに、それを子供が讒訴(ざんそ)すれば、父親にとってそれは刃物で胸を突くことよりもひどいことになるのです。父親の胸から血の流れる音がするようになるのです。子供が父母に対して、どうして後ろ指を指すことなどできるでしょうか。

 今日の世の中のことは、すべて霊界が引っ張っていくために、悪なるものはすべて断ち切られ、より善主権を中心として動くようになっています。歴史を振り返ってみると、神様の一貫した摂理歴史であることが分かります。歴史の背後に、神様がおられるということを否定することはできません。トインビーは、人類歴史を顧みながら、神様がこの世の歴史を導いてこられたことを知りました。歴史学者たちは、歴史を研究しながら、人類の背後には、神様の働きがあることを知ったというのです。

 私たちは、秩序の中で主従関係をよく守らなければなりません。そして、自分に勝って、神様の前に褒められる信仰者にならなければなりません。

(『統一世界』19906月号より翻訳転載)

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 次回は、「神のみ旨を推し量ろう」をお届けします。


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