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誤解されたイエスの福音 12

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「誤解されたイエスの福音」を毎週金曜日配信(予定)でお届けします。
 パウロのイエス観は果たして正しかったのか。イエス・キリストの再臨期を迎えた今、聖書の記述をもとに徹底検証します。

野村健二・著

(光言社・刊『誤解されたイエスの福音』〈2011111日初版第1刷発行〉より)

第二章 イエスの本来の使命

二、摂理変更の根本原因となった洗礼ヨハネの変節

イエスと洗礼ヨハネの事件
 さて、こうして生まれた洗礼ヨハネが成長して、マルコによる福音書の冒頭に書かれているように、熱烈な使命感のもとに多くの群集に洗礼をほどこしていると、そこにイエスが来られます。ヨハネによる福音書はそのときに起こったことについて、「わたしは、御霊(みたま)がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。……水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかた(神)が」、わたしに、「ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人こそは、御霊によってバプテスマを授けるかた」であると言われたので、「わたしはこの人を知らなかった」が、「このかたこそ神の子であると、あかしをした」(ヨハネ13234)と書いています。

 しかし、洗礼ヨハネにとってイエスは「知らない人」どころか、ルカによる福音書の記述のように、この上もなく親しい親族だったのです。ヨハネによる福音書の著者はそのことを知らなかったのでしょうか。全くおかしなことです。後述するように、洗礼ヨハネは、イエスを知らないどころか、あまりにも知りすぎたために、後で大変な問題が起こってくるのです。

 その翌日、ヨハネは自分のふたりの弟子に「見よ、神の小羊」と言い、「そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについて行った」(ヨハネ137)。ところが肝心の洗礼ヨハネ自身はイエスのもとに行きません。それどころか、イエスが「弟子たちとユダヤの地に行き、彼らと一緒にそこに滞在して、バプテスマを授け」、ヨハネは「サリムに近いアイノンで、バプテスマを授け」る(同32223)というように、全く別行動を取るようになるのです。もしイエスを「神の子」だと本当に思ったのだとしたら、ヨハネは直ちにイエスの一番弟子になり、ただの「水」のバプテスマではなく、「聖霊」に満たされたイエスのバプテスマを彼の弟子たちすべてを引き連れて、共に受けるのが当然ではないでしょうか。

 ヨハネによる福音書には、ヨハネがアイノンで洗礼を授けたのは、「そこに水がたくさんあったからである」(323)と書かれていますが、私が思うには、これは何の説明にもなっていません。「水」が問題ではなく、明らかに洗礼ヨハネがイエスを本当に「神の子」であると信じたかどうかが問題なのです。

 さらにもっと大きな問題が生じてきます。ヨハネの弟子たちが「きよめのことで争論」を起こし、「皆の者」がイエスのところへバプテスマを受けに出かけているとヨハネのところへ訴えに来たというのです。それに対して、ヨハネは「わたしはキリストではなく、そのかたよりも先につかわされた者である」とみなに言いはしましたが、その後で、「花嫁をもつ者は花婿である。花婿の友人は立って彼の声を聞き(太字は筆者)、その声を聞いて大いに喜ぶ」と言っているのです(32529)。イエスに聖霊が下るのを見るまでは、「わたしはかがんで(太字は筆者)そのくつのひもを解く値うちもない」(マルコ17、ヨハネ127)と言っていたのが、いつの間にか“立ちあがって”、イエスと対等の「友人」だと言っているのです。これはヨハネが本心では、もはやイエスをキリストだとは信じられなくなっていたことを示すとしか私には思われません。

 友人として「この喜びはわたしに満ち足りている。彼は必ず栄え、わたしは衰える」(32930)。こう言ったのを見ると、事によると、イエスはやはりメシヤかもしれないと半分は思っていたのかもしれません。(後述するように、彼は後でその疑問を直接、イエス自身にぶつけています)。しかし、たとえ自分が「衰え」ようと、イエスをメシヤとして奉じてその後について行きたくはなかったのでしょう。

 こうして、彼の父ザカリヤからは、「エリヤの霊と力をもって、みまえに先立って行」く(ルカ117)のがヨハネの使命だと天使から告知されたと、子供のときから厳しく仕込まれ続けていたはずなのに、彼はその使命を否定しさえするようになるのです。

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 次回は、「エリヤの使命者、洗礼ヨハネ」をお届けします。


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