2024.11.30 22:00
ほぼ5分で読める統一運動 28
米国を死の淵から救い上げた文鮮明師
稲森 一郎
文鮮明(ムン・ソンミョン)・韓鶴子(ハン・ハクチャ)夫妻による統一運動は、1960年代において、韓国の基盤を固めるとともに日本宣教の拡大を盤石にする活動が中心でした。
教会活動と並行して、政治活動すなわち勝共活動を日韓両国で展開する方針が明確に打ち出され、統一運動は社会的な発展を遂げました。
1970年代に入り、米国を中心とする宣教と、国際共産主義に立ち向かうキリスト教の覚醒と復興が大きな目標となり、文師は、宗教と政治の両面において、ベトナム戦争で疲弊した米国を力強く復興していきます。
その熱気に満ちた活動は1972年から1974年までの3年路程において集中的に展開します。
文鮮明師は、1971年12月18日にワシントンD.C.に到着し、1972年1月8日には、ニューヨークで「世界統一十字軍」を編成します。
文鮮明師は、1972年1月1日、「統一戦線守護」の年頭標語と共に、世界が共産主義に飲まれていく趨勢(すうせい)を危機的に捉えて、次のように語っています。
「現在の世界情勢に立脚してみるとき、民主世界は相当に切迫した危機に直面していることを感じるようになります。共産主義の脅威により、全世界がそのような思潮に巻き込まれていることを私たちはよく知っています。単に米国だけでなく民主世界の全域、すなわちアジアや西欧を問わず、いかなる国家や、いかなる社会団体や、いかなる個人を問わず、このような思潮に巻き込まれていることを私たちは知っています」(『真の御父母様の生涯路程⑤』268~269ページ)
さらに、「現在のキリスト教が実質的に共産主義の脅威を凌駕(りょうが)できる体制を備え、実質的に社会、あるいは世界に防御的な活動をしているかというと、そうでないことは私たちがあまりにもよく知っています」(同、269ページ)と指摘し、共産主義を防御し、凌駕する一つの教会があるとすれば、それは統一教会であると断言します。
また、「私たちはキリスト教を守護すると同時にすべての宗教を守護し、共産世界の脅威を防御する責任を専門的に担当して現れた群れなのです。そのような観点から見るとき、私たち統一教会は、これまで発展してきた過程においてこの二つの方向、すなわちキリスト教が行く方向と、民主世界において共産世界に対して備え得る基準を強化するために準備してきたのです」(同、269ページ)と統一教会の使命を明確に語っています。
こうして米国の復興が始まりました。
1972年2月3日から3月6日まで米国7大都市(ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルティモア、ワシントンD.C.、ロサンゼルス、サンフランシスコ、バークレー)で講演し、3月20日から22日まで英国で講演、3月28日から30日まで西ドイツで講演されるなど、文師は欧米のキリスト教国家を覚醒させる強力なメッセージを宣布していきました。
「新たな精神的覚醒を呼び起こす、東方から来た新しいクリスチャン・リーダー、文鮮明先生」と大きく紹介され、米国7大都市で新しい真理の言葉を語って、旋風を巻き起こしていきます。
キリスト教が行くべき方向性の明示および共産主義の防御と凌駕の体制強化、この二つの覚醒を呼び起こす文鮮明師の米国講演は、滅びの淵にあった米国を救い出す力を持っていました。
ベトナム戦争で国力を削ぎ、戦っても戦っても、執拗(しつよう)な北ベトナムの抵抗に精魂尽き果てていた米国は、国内でも共産主義の浸透で危機に陥っていたのです。
文鮮明師の復興活動は、米国を死の淵から救い上げたのです。