2024.10.29 22:00
小説・お父さんのまなざし
徳永 誠
父と娘の愛と成長の物語。
誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
第42話「新たな出発」
日曜の朝、月に一度だが、川島家は家族全員で最寄り駅周辺の清掃ボランティアに参加するようになった。
「こんなふうに地域の活動に参加するようになるとは、夢にも思わなかったですよ。奇麗で安全なのが日本の当たり前と思っていましたが、心ある人たちが街を守ってくれているからだったんですね」
チカの父クニオは、清掃活動を終えると、明るい表情を私に向けた。
わが家と川島家は電車移動で30分ほどの距離があるが、私とナオミはできるだけ川島家が参加するボランティア活動に合流するよう努めた。
「ナオミちゃんと娘のペースにすっかり巻き込まれてしまいましたよ。月に一度のボランティアは、今では家族が一緒に行動する貴重な時間になりました。最近は私の周波数が合ってきたみたいで、娘の話す内容も理解できるようになってきましたよ」
チカは両親や弟に、統一原理の内容を少しずつ伝えている。ナオミも信仰の親として、チカのサポートに余念がない。
この調子だと川島家の人々と一緒に礼拝に参加する日もそう遠くないかもしれない。
私はほくそ笑んだが、誰よりも喜んでいるのはカオリだ。
肉身を持たぬカオリだが、地上でできなかったことを娘や夫を通してなそうとしているのだ。彼女の熱心さが私たちの背中を押しているのが分かる。
チカの弟コウジは高校3年生だ。受験勉強が忙しいこともあって、家族が一緒に過ごす機会が少ないことを気にもしていなかったようだが、「ごみ拾いをするのは気分転換になっていいですね。おやじとおふくろの顔も見られるし」と皮肉を混ぜながらも、家族で一緒に過ごす時間がうれしそうだ。
チカの母タエが最初の出会いで私に見せた神経質そうで不安な表情を、今は見ることもなくなった。
「柴野さん、ナオミちゃんのおかげでチカも随分変わりましたわ。実はそのチカの影響を今では家族みんなが受けているって感じなんです。柴野さん親子にはいろいろと感謝しています」
タエは家族にもたらされた変化を「いろいろと」という、含みのある言葉で表現した。
タエはそれ以上語ることはなかったが、家族の再生への静かな喜びがもたらした表現に違いないと私は理解した。
いつの頃からだろう。
私は人の感情や思考、さらにはその奥にある想念のようなものが“分かる”ようになっていた。
自分が感じている思いが、私のものなのかカオリのものなのか、時々分からなくなることがある。
一方で、私の心とカオリの心が同期していることに気付くことが多くなった。
人は必ず何らかの動機に従って生きている。動機とは欲求である。人は欲することをしようとして生きているのだ。
少々乱暴な言い方をすれば、人はしたいようにするし、したくないことはしないものだ。
見えないものが見える態度や行動になって現れる。要は人生も社会の在り方も、どのような動機によって生きるのかによって決まるのだ。
相手の動機が分かるというのは良いことばかりではないが、人を助け、時に導き手として相手を支えようとするときには、大いに役に立つものだ。
若い頃には、心の成長って何だろうと考えることもあった。大人になるってどういうことなんだろうと。
動機の成長は、愛の成長なのだとつくづく思う。
最も高次な欲求である真の愛、ために生きる愛の欲求に従って生きられてこそ、人は最高の満足を得られるのだ。
ナオミとチカは、祝福二世と一世の立場の違いはあったが、それぞれの祝福結婚のための準備に精誠を尽くした。
ナオミとチカは26歳になっていた。
ナオミの約婚(婚約)が決まると、時を合わせたようにチカの祝福の相手も決まった。
ナオミとチカは双子の姉妹のようだ。
祝福の相手を決めた日、チカは私と私の妻にそのことを報告したいとわが家を訪れた。
チカにとってカオリの存在は亡くなった人ではなく、私や娘といつも一緒に“いる”、生きた存在だった。
見えるわけでも聞こえるわけでもない。しかしチカは時折こう口にする。
「だってカオリさんはいつもナオミとナオミのお父さんと一緒にいらっしゃるんだもん。私には分かるわ」
ふざけているわけではないのよ、と添えながら、いつもうれしそうに話す。
チカの両親もまた、そんな話を何度もチカから聞かされている。
最初は驚き、疑念も抱いたようだが、チカのあまりにも自然な態度に、最近は「そういうこともあるんだね」と受け入れたようだ。
チカは写真を見せながら、いずれ配偶者となる青年、ジュン君についてひとしきり紹介した後、「近いうちに私の家族にもジュンさんのことを紹介しようと思うんですけど、彼にも一緒にごみ拾いをしてもらおうかと思って…。どう思いますか?」と言い出した。
そのことは、すでにナオミとは擦り合わせ済みだ。ナオミはチカの横で静かにうなずいている。
「そうだね。ジュン君がオーケーなら、いいんじゃないかなあ。そういう初めましての出会い方もユニークだね。ご両親も清掃ボランティアを楽しんでいらっしゃるようだし、同じことをしながら一緒に汗を流すっていうのも、いい出会いになるんじゃないかな」
ジュンは教会の青年部に所属し、毎週日曜日には教会の最寄り駅周辺で清掃活動を行っている。ジュンはそのチームのサブリーダーを務めていた。
「そりゃ、いいね。きっとごみ拾い談議で盛り上がるんじゃないかなあ。インパクトのある初体面になるよ」
「それでね。ナオミのお父さんも一緒に参加してほしいんですけど、ご都合はいかがですか? ナオミのお父さんにも彼と会ってもらいたいんです」
「そりゃあもちろん、オーケーだよ。ナオミも一緒に参加するよね?」
「うん、そのつもりよ。実はマサオさんも誘ってあるの」
「マサオ」とは、ナオミが約婚した青年のことだ。
「なんだ、なんだ、全員集合じゃないか」
「それでですね、ナオミのお父さん」とチカが身を乗り出して語勢を強める。
「私の両親にも祝福を勧めたいんです。私の祝福結婚式に一緒に参加してもらえたらいいなって思っているんです」
チカは、両親も祖父母たちも祝福を受けているナオミをうらやましく思い、仲の良い三代の家族にあこがれを抱きながら見つめていたという。
「両親が祝福を受けたら、疎遠になっている祖父母たちも祝福に導きたいんです」とチカは驚くほど真剣なまなざしを私に向けた。
「いや~、展開が早いね」
こういうことを霊肉界合同作戦とか、天地統一作戦というのに違いない。
カオリもまた、霊界の先祖たちと共にチカの伝道の伴走者になっているのだ。
日曜の朝の駅前広場。
まずは円陣を組んで自己紹介をし合う。自然とペアで横並びになった。おのずと私はチカの弟コウジと並ぶ格好となる。今やコウジは甥(おい)っ子のような存在である。コウジも私に対して親戚のおじさんのように接してくれる。
家族が拡大するとはこのことだ。
天宙大家族は、祝福と伝道によって拡大するのだという思いが湧いてくる。
「そうでしょ?」と間髪入れずにカオリが返してくる。
30分ほどの清掃の時間が過ぎた。
いつものメンバーに二人の青年が加わっただけでも、活気と熱量はいつもの3倍以上だ。
チカの両親は、緊張も解けて、いつもの心地よい疲れと達成感に満足した笑顔を見せる。
いつもより明るい笑顔を見せてくれたのは、チカとジュンのカップルを受け入れた証しでもある。
“いろいろ”なことがあって、三つの季節が過ぎた頃、私たちはついにその日を迎えた。
祝福結婚式が行われるその日、私の家族と川島家の家族は韓国京畿道加平郡の会場にいた。
寒い季節の式典となったが、会場は熱気と共に静かな興奮に満たされていた。
ナオミとチカたちのカップルはアリーナ席に、私と川島夫妻は2階席に並んで座った。
「川島さん、韓国まで来てくださってありがとうございます」
「いやいや、柴野さん、こちらこそお礼を言うべき立場ですよ。あなたがたご家族との出会いが私たち家族に再生をもたらしてくれたんです。数年前には夢にも思わなかった。神仏も宗教も最も縁遠いものと思って生きてきましたが、人生とはなんとも不思議なものですね。これも神業というものなんでしょうな」とクニオは笑った。
クニオの妻タエも笑顔を向ける。
「私も主人と同じ気持ちです。柴野さんのご家族とご縁を持てたことで、新しい人生をもらったような気がしていますわ。
娘に『世界平和のためにもう一度結婚式を挙げてほしい』と言われた時はびっくりしましたけれど、家庭連合の教えや祝福結婚の意味を学ぶうちに、私もすっかりその気になってしまいました。
実際、こうやって祝福結婚式に参加してみると、学んだことの意味がよく分かるような気がします。
このような祝福のご縁でわが家も新しい出発ができるんですね。うれしいですわ、柴野さん。奥さまのカオリさんにも感謝しています」
タエの話に応えるように、さっと涼しげな風が三人の間を通った。
いよいよ式典が始まる。
全体が起立した。
タエはクニオの左の腕に自らの右手を静かに通す。
美しい音楽に合わせるように、タエの白いウエディングドレスが揺れた。
【登場人物】
●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う
●川島邦雄(クニオ):チカの父
●川島多恵(タエ):チカの母
●川島幸司(コウジ):チカの弟
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次回もお楽しみに!