2024.11.05 22:00
小説・お父さんのまなざし
徳永 誠
父と娘の愛と成長の物語。
誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
第43(最終)話「胎動」
2020年。
2度目の東京オリンピックの開催が予定されていた年、世界は未知の感染症によって機能不全に陥った。
天災とも人災ともいえるような状況に社会は混乱した。
「COVID-19」と呼ばれたように、その始まりは2019年とされている。
災禍は少なくとも3年以上は続いた。
世の中が終末の様相を呈する中、文字どおり世界を揺るがす歴史的な大事件が追い打ちをかける。
安倍晋三元首相の暗殺テロである。
2022年7月8日。
それはくしくも、ナオミが家庭を出発した翌日に起こった。
その日から家庭連合とその友好団体は、「旧統一教会」の言葉と共に社会から異常なほどの敵意を向けられることになる。
暗殺者の母親が家庭連合の教会員だったからである。
激震は教会員とその家族を苦しめた。とりわけ“宗教2世”という存在が辱められ、彼らの心に深い傷を負わせた。
私の家族も例外ではなかった。
テツオとタツコは連日のテレビ報道に翻弄(ほんろう)され、シホは自身の宗教迫害の体験から来るトラウマに悩まされた。シホは信仰故に親族からひどい仕打ちを受けた過去があったからである。
ナオミは本能的に信仰心を抑えることで自らの心の苦痛を遠ざけようとした。
「お父さん、大丈夫?」「私たちは大丈夫よ。ほら、信仰もそんなに熱心ってわけでもないし…。お父さんの方が大変じゃないかと思って…。心折れてない?」と、私を気遣った。
反対勢力やマスコミによってつくり出された途轍もないエネルギーを持って襲いかかる世論に抗する術を、私たちは持っていなかった。
しかしいつまでも不安と恐怖にさいなまれ、何もせずに打ちひしがれているわけにはいかなかった。
終わりのない理不尽には耐え難いものがあったが、自分たちのことは自分たちで守るしかなかった。
私たち家族はビデオ通話を利用して、結束を図った。
私たちは祝福の絆によって結ばれた天宙大家族なのだと、意志を強くしたかったのである。
テツオは「会長に頑張れと伝えてくれ」と言った。
タツコは容赦のない非難と攻撃にさらされる会長の身を案じて「警護は大丈夫なのかしら」と心配した。
テツオとタツコは家庭連合の会長と面識があった。かつて統一原理を学ぶ過程で直接会長から講義を受けたことがあったからである。昭和育ちの人情がそう言わせたのかもしれない。
ナオミはシホと頻繁に連絡を取った。週に一度はチカも加えて3人でビデオ通話を通じて支え合った。
私はといえば、コロナ禍で交流が少なくなっていた川島夫妻と、週に一度はビデオ通話で交流の時間を持つようにした。
義憤に駆られたチカの父クニオは、家庭連合を擁護するネット情報を見つけてきては興奮気味に伝えてくれた。
度を超えた偏向報道は、クニオの正義心に火をつけた。宗教や信仰、政治や法律について片っ端から調べ始め、「旧統一教会」問題の専門家になった。
当初はネガティブな思いにとらわれていた川島夫妻であったが、それ以上に祝福によってもたらされた家族の再生を実感する思いが勝ったのである。
私はこんな時だからこそ、祝福による絆を基台として、神との関係を深めなければならないと思わされていた。
妻のカオリがそのことを強く望んでいると感じたからである。
夫婦は互いを補う関係であると実感するようになったのは、妻が亡くなってからのことだ。
見えている時にはその価値が分からず、見えなくなってから気が付くのが人間の悲しい性(さが)なのかもしれない。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」という『星の王子さま』のセリフが思い出される。
カオリとの心の関係は、聖和(祝福家庭が死去すること)の後から深まってきたことを私は素直に認めたい。
振り返れば試練の連続の人生だったが、不幸せであると感じたことは一度もなかった。自らの不足さを感じることはあっても、不幸だとは思わなかった。
2024年の春、ナオミよりも半年ほど後に家庭出発をしていたチカの家庭が女の子を授かった。祝福二世の誕生である。
「今までの人生の中で一番うれしいかも」と、ナオミはわが子の誕生のように喜んだ。
「お父さん、チカに子供が生まれたこと、自分でも驚くほどうれしかったの。いとおしくてたまらないってこういうことをいうんだね、きっと。チカを通して、お母さんのような心情を味わわせてもらってきたけど、今度はまたちょっと違うんだよね。私に対しておじいちゃんやおばちゃんたちが抱いてくれている心情の世界と近いんじゃないかなって感じるの」
「そうか。ナオミにとってチカは信仰の子女だからねえ。チカの子は、ナオミの孫ってことになるなあ。そりゃあ、ナオミにとっては祖父母の立場みたいなもんだよ。おじいちゃんやおばあちゃんから受けた愛情と同じように感じるっていうのは道理にかなっているね。
『祖父母は神様の立場である』と文鮮明(ムン・ソンミョン)先生はおっしゃっている。
ナオミの感じている世界は神様の心情なのかもしれないね」
復帰の道は、愛を探す運動である…。
カオリが私の耳元でささやく。
そうなのだ。私たちは原理的な生活や伝道を通して、真の愛を探し、心情を復帰し体恤(たいじゅつ)する歩みをしているのだ。
「ナオミ、すごいね。心情的にはお父さんよりも深い境地に到達しているねえ」
「あっ、お父さん、そんなことないけどね…。でも…、お父さんも早く孫の顔、見たいよね」
不用意な言葉を発してしまったと私は悔いた。
ナオミはナオミなりに考えている。
少し前から、妊活に取り組んでいるのだ。
チカの愛娘は、肉親の祖父母に愛され、信仰の祖父母であるナオミの愛をも一身に受けてすくすくと成長した。
この7年間で世界は大きな変化の兆しを見せた。
未来の人々は、歴史を振り返る時、この7年間をまさに人類歴史の終末期だった、大転換期だったと言うかもしれない。
それくらい世界に変化の種がまかれる時代となったのである。
艱難辛苦(かんなんしんく)に包まれた家庭連合は、歴史的な祭壇に供えられた祭物のようである。
霊通する人には、家庭連合の教会員たちの姿がほふられた子羊の姿に見えたのかもしれない。
愛と生命と血統を祭物としてささげる人生が祝福家庭の人生ではないか。
祝福家庭はいずれ皆、聖和家庭となって神人愛一体の心情世界で生きるようになる。
生きて祭物となる道は、まさに真の父母様(文鮮明・韓鶴子〈ハン・ハクチャ〉総裁夫妻)が行かれた道なのだ。
2025年、春。
季節は新芽の時を迎えた。
ナオミはマサオの手と共に腹部にそっと触れる。
ナオミの胎に鼓動が鳴った。
わが家に新しい命がつながれる。
(完)
【登場人物】
●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う
●川島邦雄(クニオ):チカの父
●川島多恵(タエ):チカの母
●川島幸司(コウジ):チカの弟
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「小説・お父さんのまなざし」は今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。