2024.10.22 22:00
小説・お父さんのまなざし
徳永 誠
父と娘の愛と成長の物語。
誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
第41話「祝福への準備」
「お父さん、祝福を準備するために何をしたらいいと思う?」
新しい年を迎えた朝、新年のあいさつを終えるとナオミは私にそう尋ねた。
「…そうだねえ。地域のために奉仕活動をしたらどうかなあ」
私は少し考えてそう答えた。
「奉仕活動?」
ナオミはNGO(非政府組織)団体で勤務するほどだから、社会課題の解決への問題意識は高く、国際協力、とりわけ海外教育支援の分野に関するキャリアは日々積んでいる。
しかしそれが人格形成としての愛の成長に直結するかといえば、事はそう単純なものではない、と私は見ていた。
「例えば、地域の清掃活動に参加するとか、塾に通えない子たちのためにボランティアで勉強を教えてあげるとか…」
私には、ナオミを地域の活動に参加させたいという考えが以前からあった。今がその時なのかもしれない、私はそう直感した。
「ナオミ、地域貢献というのはね、もちろん社会課題の解決のためにという側面もあるけれど、同じ地域の共同体の一員として仲良くし、助け合い、支え合う意味があるんだ」
「そうだね。大人になればなるほど、地域の人たちとの関係も疎遠になってきちゃってるよね。防犯、防災の面でも重要だと思うよ。地域の人々との連携と協力…」
「ナオミは“朝飯前(あさめしまえ)”っていう言葉を知っているかい?」
「うん、“そんなの朝飯前だよ”って言うことがあるよね。そんなに頑張らなくてもサクッと簡単にできちゃうことをいうんじゃないの?」
「そうだね、現代的な意味では。実はこの言葉、江戸時代の生活習慣が語源になっているといわれているんだ。
江戸の朝はね、近所のお散歩、見回りから始まったらしいんだ。けがや病気をしているご近所さんや、高齢者がいれば、あいさつがてらにその様子を見たり聞いたりしたそうなんだよ。
長屋なんかだと、共同住宅のようなものだからね、建物に破損がないかチェックすることも目的だったようだね。
つまり、隣人や近隣の安全や健康を確認するのが“朝飯前”にやるべき一日の最初の仕事だったというわけだね。
その後、朝ご飯を食べて午前中はそれぞれの生業(なりわい)に励む。そして昼食後は、共同体にとって必要な公共的な事柄への対応に時間を費やしたそうなんだ。“朝飯前”にチェックしておいたことへの対応とかね。
“働く”は、“傍(はた)を楽(らく)にする”ことだという考え方も江戸の助け合いの精神から出てきた言葉なんだね。
現代風にいえば、ボランティア精神という言い方もできるかもね。まあ、結論的にいえば、誰かのために生きるってことだね」
「へえ~、“朝飯前”や“働く”っていう言葉に、そんな意味があったんだ」
ナオミはうなずきながら、続けた。
「いいお話ね。チカとも相談しながら、どんな奉仕活動があるのか、リサーチしてみるね」
ナオミはすぐにチカにスマホで連絡を取る。
ナオミとチカはいいコンビだ。最近は一緒に行動する時間が増えた。
祝福も、チカの家族の伝道も、二人で一緒に頑張るんだと、ナオミは宣言している。
新年早々、ナオミに祝福の準備はどうしたらいいかと問われて、思わず「奉仕活動をしたらいい」と、偉そうなことを語ってしまったが、それは私が人生の正道と信じていることで、偽らざる本心の答えであった。
しかし私は、イエスと文鮮明(ムン・ソンミョン)先生の教えを思い起こしながら、わが身を戒め、自問自答した。
自分自身こそ、祝福を受けた者として恥ずかしくない人生を生きているのかと。
イエスは、「『心をつくし、知恵をつくし、力をつくして神を愛し、また自分を愛するように隣り人を愛する』ということは、すべての燔祭(はんさい)や犠牲よりも、はるかに大事なことです」(マルコによる福音書 第12章33節)と言った。
文先生も、世界から集まった大学生たちを前にこう語っている。
「何よりも兄弟姉妹を愛し、何よりも両親を愛するのです。それが私たちの姿勢です。
ですから私たちは他のために生きなければなりません。これが、私たちの後輩にまねさせるために、私たちが確立しなければならない唯一の伝統です。
あまりにもたくさんの一件重大な事柄がありますが、これよりも重大なことはありません。本当です。これが最も根本なのです」(1974年7月29日、米国ニューヨーク・ベリータウン)
私が自省している間にナオミは早速次の行動に移る。
「お父さん、これからチカのうちに行って来るね。善は急げ、でしょ? どんな奉仕が地域で必要なのか、チカと一緒に調べてみることにしたの」
今は便利な時代だ。
正月でもネットがあれば何でも調べられる。
ナオミはカオリと同様、行動の人だ。
「善は急げ」はカオリの座右の銘であった。二人ともフットワークが軽い。
血は争えないとはこのことか。
「晩ご飯はお父さんと一緒に食べるわ。夕方までには戻るわね。夕食、ピザでもいい? ジンジャーエールで乾杯しようね。じゃあ、行って来ま~す」
ナオミは「一年の計は元旦にあり」と考えているに違いない。そういう子なのだ、ナオミは。
朝の私との会話が、少しでもナオミの背中を押してあげられたのなら、それに越したことはない、と私は思った。
今年はナオミにとってもチカにとっても重要な年になる。
私はカオリの写真と向き合いながら、そんな思いを巡らせた。
「伝道は愛の訓練。大切なのは人のために奉仕すること。それが祝福結婚への一番の準備よ」
カオリがそう答えてくれているように感じた。
年末から連日晴天が続いている。
窓の外には気持ちのいい青い空が広がっている。よし、元日から1万歩歩こう。
初詣の神社でもない限り、正月の東京の街は存外静かなものだ。
顔に触れる風は冬の空気だが、日差しが気持ちいい。
時折すれ違う見知らぬ人々に声をかけたくなる。
帰宅後は百枚ほど届いていた年賀状に目を通す。ほとんどは私宛てだ。10年後、20年後…、年賀状というものは生き残っているのだろうか。
そんなことを考えながら、読みかけの小説を開いて、ナオミの帰りを待った。
まだ半日とたっていないのに、ナオミと早く会いたいという思いが胸の奥から湧いて出る。
「ただいま~。お父さん、お待たせ。ピザ買って来たよ、冷めないうちに食べよう」
「おかえり。コーヒー豆も挽(ひ)いてあるぞ」
ナオミは合格発表からでも帰ってきたように、目を輝かせている。
「成果があったようだね?」
私もまなざしを反射させる。
「うん、二つやることにしたわ。一つはね、日曜日の早朝の駅周辺のごみ拾い。“朝飯前”ならぬ“礼拝前”の一仕事よ。
もう一つはね。土曜日の午後、2時間ほど、子供たちに勉強を教えてあげることにしたわ。教育支援系のNPO(非営利団体)が区の委託でやっているボランティアに参加しようと思うの。
いろいろ調べて、チカとも話し合ったんだけどね、結果的にお父さんが朝話してくれた活動を選ぶことにしたの」
ナオミは「すごいね。お父さんの言ったとおりになっちゃった。お父さんって、予言者だね」などとおどけながら、ピザを手に取って口に運んだ。
「それからグッドニュースがあるんだ。ごみ拾いの清掃活動なんだけどね、チカのご両親も一緒にやることになったの。
チカとワイワイ盛り上がっていたら、なんだなんだって感じで興味を持ってくれてね、最後は、じゃあ自分たちも一緒にやってみようかなってことになったの」
「そうなの? いや~、チカちゃんのご両親、すごいじゃないか」
地域社会への貢献とともに、家庭連合の教えの核心である、ために生きる実践として、今年はボランティア活動に励むのだという説明にクニオとタエは賛意を示した。
ナオミは帰る間際に背筋を伸ばして、改めてクニオとタエに新年のあいさつをした。
「チカのお父さん、お母さん、地域での清掃活動をしたり、子供たちのために勉強を教えたりするのは、もちろん、地域のため、子供たちのためなんです。
でも実は、もう一つ理由があるんです。
それは、チカも私も、将来の伴侶のためにボランティア活動を始めるんです、自分たちの愛の器を広げるために」
クニオとタエは目を丸くして聞いていた。それはそうだ、ボランティアに伴侶の話が出てきたのだから。
「チカと私は、愛の訓練に挑戦します! 祝福結婚するために!」
ナオミの話を聞いて、私は腹の底から笑いが込み上げてくるのを抑えきれなかった。
クニオもタエも、ナオミとチカの祝福結婚目指します宣言にさぞかし驚いたことだろう。
私は思わずジンジャーエールの入ったコップを掲げてナオミとカオリに向かって声を発した。
「愛の伝統に乾杯!」
【登場人物】
●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う
●川島邦雄(クニオ):チカの父
●川島多恵(タエ):チカの母
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次回もお楽しみに!