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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

40話「家族の再生」

 ナオミは14階建てマンションの広い玄関ホールで迷いもなくインターホンの3桁の数字を押した。

 インターホンからはチカの明るい声が返ってくる。自動ドアが開く。ナオミと私はエレベーターの前に進み、ナオミは念じるように7のボタンを押した。

 小春日和の日曜の午後、ナオミと私は川島家を訪ねた。チカの自宅である。

 ナオミはすでに何度かチカの家族とは顔を合わせたことがある。
 チカの両親は私たち親子を笑顔で迎えてくれた。

 「ナオミのお父さん、私の両親と会ってくれませんか。そして祝福結婚のこと、私の家族にも話してくれませんか」

 数週間前、チカは私の祝福の証しに真剣なまなざしを向けながら、そのように懇願した。

 ナオミもまた、チカの祝福を進めるためにチカの両親と会ってほしいと強く望んだ。
 ナオミは自分の祝福よりもチカの祝福がどうなるか気になってしょうがない様子だ。

 親としてはもっと自分のことも考えてほしいという気持ちも先立つが、今のナオミはチカを伝道したいという思いでいっぱいなのだ。

 ナオミの心にある「父母の心情」が刺激されているのが私にも伝わってくる。それがまた、私の心を刺激した。

 「柴野さん、チカの父親の川島クニオです。きょうはわざわざお越しいただきありがとうございます」

 チカの両親はチカと共に私たちを玄関先で出迎えた。

 チカの母は、「母親のタエです」と笑顔を見せたが、緊張した表情を隠しきれなかった。

 「ナオミさんにはうちの娘が大変お世話になっているようです。ナオミさんはすてきなお嬢さんだ。国際協力の活動でもご一緒させていただいて、チカも随分ナオミさんから影響を受けたようですな」

 「恐縮です。こちらこそ、チカさんには娘のお友達になっていただき感謝しています。先日はチカさんに、私どもの結婚記念日を一緒にお祝いしていただきました。いつも家族だけでお祝いするのですが、今年はチカさんにも参加してもらってにぎやかなお祝いの場になりました」

 私は「チカさん、ありがとうね」とチカに目線を送った。

 タエがお茶の準備を終えて、リビングルームのソファに座りながら、「結婚記念日のお祝いに呼んでいただいて、チカもいい体験ができたと喜んでいましたわ」とほほ笑んだ。

 「ええ、チカさんは名インタビュアーですね。私の拙い話を上手に引き出してくれました。
 うちは、妻がの幼い頃に亡くなっているものですから、結婚記念日と妻の誕生日、それと命日は、私が語り部になって母親の姿を伝える年中行事になっているんですよ。
 今回はチカさんにも一緒に聞いてもらって、ちょっと照れくさい思いもありましたが、家族以外のかたに話をする機会を持てて、私にとってもいい経験になりました」

 「柴野さんは、家庭連合の合同結婚式に参加されたとお聞きしました」

 「はい、私と妻は同じ家庭連合の信仰を持っておりまして、教会で知り合い結婚しました」

 「家庭連合のことは娘からも聞いていますよ。以前は“統一教会”と呼ばれていた宗教団体ですよね?」

 「はい、そうです。統一教会と呼んでいただいて構いません。まだまだ新しい名称が定着していませんので…」

 「柴野さん、正直申し上げて、娘から最初に柴野さんのご家庭が統一教会の信仰をお持ちだと聞いた時には少々驚きました。
 私どもは特定の宗教を信じているわけでもありませんし、今までどんな宗教団体さんとも縁がなかったものですから…」

 「ええ、分かります。驚かれるのはもっともだと思います。
 残念ながら、家庭連合に対する世間の好意的な評判を目にすることはほとんどないでしょうし、マスコミの報道も同様です。一般的にはかなり悪いイメージを持たれている団体ですから…、随分ご心配なさったことと思います…」

 私とクニオの二人だけの会話が続いた。ナオミもチカも、そしてタエも、二人のやりとりの行方を静かに見守るだけだ。

 川島家を訪ねたのは、社交辞令を交わすためではない。
 私は座り直して背筋を伸ばし、川島夫妻に向き合った。

 「チカさんとうちの娘はいい友人関係を築いています。互いに切磋琢磨しながら、社会人としてもよく頑張っていると、うれしく思っています。
 はチカさんに家庭連合の教えを知ってもらいたいと、最近は家庭連合の考え方についても伝えているようです。そのことを私自身は反対しておりません」

 「ええ、娘からは聞いています。娘が望んでのことだとも聞いていますが、私も家内もそのことについては、強く反対しました。柴野さんに面と向かって言うのは申し訳ないのですが、今も、歓迎しているわけではないんです。
 私も家内も宗教とは全くと言っていいほど縁がなくてですね、むしろ宗教的なものは意識的に避けてきた立場なんです。
 ところが、娘が、統一原理、といいましたかね、その、家庭連合の教えを学んでいるというじゃないですか。
 そして先日、お宅から帰ってきた後には私たち夫婦にも柴野さんの話を聞いてほしいと言うんです。本当に驚きました」

 クニオは饒舌(じょうぜつ)に語ったが、冷静な態度は崩さなかった。

 「お母さんは、いかがでしたか? やはり、驚かれましたよね?」と、私はタエに顔を向けた。

 それまでじっと二人の話を聞いていたタエが口を開く。クニオよりも表情には幾分感情の色がにじんでいる。

 「うちは私も仕事をしていますし、子供たちもそれぞれで動いていますのでね、普段ゆっくり話す時間もなかなかないんです。
 チカが改まって話があるというので、久しぶりに腰を落ち着けて向き合いました。そうしましたら、宗教の話を言い出しましたので本当にびっくりいたしましたし、心底、戸惑いましたわ」

 タエが話し終えるのを待っていたかのようにナオミが言葉を挟んだ。

 「チカのお父さん、お母さん、もっと早くお話しすればよかったと思います。ごめんなさい。
 でも、宗教の勧誘をするためにチカと友達になったわけではないんです。
 チカの人生にとってきっとプラスになるし、チカにとっても大切な内容だと思って、少し前から統一原理も学んでみたらと勧めたんです。

 私自身、最近マスメディアでもよく耳にするようになった“宗教2世”の立場ですが、物心ついた時から、統一原理の内容や人生のこと、信仰のことを考えてきました。

 私なりに宗教や信仰ということについて悩んだり、葛藤したりしたこともありました。偏向報道や誹謗(ひぼう)中傷に悩むこともありました。でもそれを、少しずつ乗り越えながら、宗教の価値や信仰の意味を今は理解できるようになったと思っています。

 もちろん、まだまだ人生についても信仰についても深くは分かっていないと思います。私の話が傲慢(ごうまん)に聞こえたらすみません。

 それでも、若いからこそ、生き方について考えることは大切なことだと思っていますし、将来のこと、結婚のことについても真剣に考えていかないといけないなって思っています。

 宗教とか、宗教団体っていう言葉も、何か妄想に取り付かれた人々や洗脳された集団みたいなイメージで捉えられがちですが、私は家庭連合の人たちをそのように感じたことはありません。

 それがマインドコントロールされている状態なんだと言われれば、じゃあ、人間はみんな何かしらマインドコントロールされて生きている存在なんじゃないのって、反論したくなることもあります。

 …言いたいことは、チカと仲良くなって、いろんな体験を共有して、一緒に泣いたり笑ったりしながら、チカのこと大好きになりました。だからこそ、チカに幸せになってもらいたいし、統一原理を学ぶことや信仰のことも、チカの幸せにつながるならって思ったんです」

 ナオミは一気に話し終えると、みんなの顔を見渡した。

 深呼吸をして息を整えたチカは、ナオミからバトンを受け取るように語り出す。

 「今までもお父さんやお母さんに話したいこと、相談したいことはあったけど、そうしてこなかったの。いつでもお父さんやお母さんが望むとおりにしていればそれでいいと思っていたし、実際、何とかやってこられたと思っていたの。

 でもね。社会人になって、壁にぶつかって、何とかしたいと思ってもどうしようもできなくて、学生の頃までのようにはいかなくなった。

 ナオミやナオミの家族と触れ合う中で、物事というのは、いろいろ話し合いながら、行動しながら解決していくんだな、そうすれば動き出すものなんだなって感じるようになったの。

 ナオミやナオミのお父さん、おじいちゃんやおばあちゃん、いろんな人の話を聞いたり、一緒に笑ったり泣いたりしていたら、自分の家族ともっと話したいなってすごく思うようになったの。

 自分でも不思議だったわ。
 何かスイッチが入ったみたいに。“家族”というものに目を向けなきゃって思うようになったの。
 だから、私がお父さんやお母さんにもっと私が思っていることや感じていることを話せばよかったなって今は思っているわ。

 正直に言えば、ナオミの家族がうらやましかったし、憧れてもいたわ。
 ナオミのおばあちゃんにもすごくよくしてもらって、いろんなこと教えてもらったの。ナオミのおばあちゃんはカトリックの信仰を持っているかたで、聖書のこともたくさん教わったわ。

 ナオミのお母さんはナオミが小さい頃に亡くなったけど、ナオミの家族の中にいつも一緒に生きているように感じたの。ナオミの中に感じるし、ナオミのお父さんの中に感じるし、ナオミのおばあちゃんの中に感じたわ」

 チカもまた、ナオミと同じように滔々(とうとう)と語った。

 クニオとタエの頬に赤みが差している。
 チカは話を続けた。

 「お父さんとお母さんに、ナオミのお父さんのお話を聞いてもらいたいと思ったのはね、私もナオミのようにお父さんやお母さんと話したいと思ったし、家族のことや結婚のこと、夫婦の愛の話とか、心を込めて話してくれるナオミのお父さん、かっこいいなって思ったの。

 それでね、お父さんやお母さんにもそんな話を聞いてもらいたかったし、お父さんやお母さんからもそんな話をちゃんと聞いてみたいなってすごく思ったの。 

 統一原理を学んで幸せな人生って何だろうって真剣に考えるようになったし、結婚や家庭がすごく大事なんだなって思うようになったわ。

 当たり前のことかもしれないけど、当たり前のことを今までちゃんと考えていなかった気がするの。
 でも、ナオミやナオミの家族の皆さんとの触れ合いが、いい意味で私に変化をもたらしてくれたと思っているわ」

 ほんのわずかの時間だが、温かな沈黙がその場を包んだ。

 「…柴野さん」

 クニオが口を開く。

 「宗教に対する偏見や統一教会に対するネガティブな思いがただちに雲散霧消するというわけにはいきませんが、柴野さんのご家族にはどうやらわが家にないものがあるのだということは分かりました。

 家庭の大切さだとか、家族関係の在り方について娘がこれほど関心を持ち、求めていたとは知りませんでした。親として反省する気持ちもあります。

 いきなり神だの仏だの、宗教の教えを乞う気持ちにはなっていませんが、ナオミさんの話には心に響くものがありましたし、娘の言うとおり、柴野さんのお話も聞いてみたくなりました。何しろ、娘が憧れる父娘(おやこ)像が目の前にいらっしゃるわけですからね。これは教えを乞わないわけにはいかない」

 伏目がちに聞いていたタエが顔を上げて語り始めた。

 「チカは手のかからない子で、何でも卒なくこなす子でした。
 こんなふうに自分の気持ちを表して話すチカに少し驚きました。もともとそういう子だったのかもしれないけれど、私の考え方を一方的に彼女に押し付けてきてしまっていたんですね。
 長い間、娘の思いに気付かずにいたことに胸が痛みます。
 子供たちとも、そして夫とも、もう一度、家族の絆を結び直さなければならない時なんだと…」

 タエは左手のハンカチを握り締めた。

 「川島さん、一つ提案してもよろしいでしょうか。
 昨今は、隣に誰が住んでいるかも分からないような時代です。あいさつすら交わさない社会になってしまっています。
 こんなご時世ですが、このようなご縁がきっかけでなんですが、宗教・無宗教の壁を超えて、家族同士がお付き合いするのも悪いことじゃないと思いますが、いかがでしょう?」

 「ええ、そうですねえ…。実はね、娘の話を聞きながら、柴野さん父娘には何か不思議な魅力を感じていたところなんですよ。今まで柴野さんのような雰囲気のかたとは出会ったことがないんです。いや~興味津々ですよ。仕事ばかりの人生ではいかんですな。これから、いろいろとお話を聞かせてください」

 クニオの話を聞きながら、チカとナオミは目を見合わせる。

 「ナオミのお母さんが応援してくれてるね!」と、チカ。

 「そうだね。間違いなく、お母さんも一緒に来ているね」と、ナオミは母親が幼子にするように、チカの手を握った。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う
●川島邦雄(クニオ):チカの父
●川島多恵(タエ):チカの母

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 次回もお楽しみに!

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