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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

39話「二つの奇跡」

 妻に先立たれてから、20年近くが過ぎていた。

 男やもめの私が、未来ある二人の若い女性に祝福結婚の何を証ししてあげればいいのか。

 ナオミとチカと三人でテーブルを囲みながら、私は空いている左隣の椅子に目を落としてカオリに尋ねた。

 「君なら、ナオミとチカちゃんにどんな話をしてあげるの?」

 私は向かい側の椅子に座るナオミとチカに目線を戻した。
 二人とも優しいまなざしで私にほほ笑みを返した。

 二人はよく似ている、と思った。
 姉妹のようだ、とも感じた。

 ナオミが2杯目のコーヒーを私の前に置く。いつもより香ばしく感じるのは、チカが買ってきてくれたコーヒー豆の銘柄のせいかもしれない。心地よいコーヒーの匂いが私の心を落ち着かせた。

 「神様が導いてくださるわ」

 カオリがそんなふうにささやいた、と私は思った。
 二人の物語をありのままに話してあげればいいのだ、そう決めた。

 「祝福結婚はね。神様を中心に一人の男性と一人の女性が出会うことなんだと私は思ってる。

 カオリと私は文鮮明(ムン・ソンミョン)先生に出会わせてもらったんだ。
 敬愛し、信頼を寄せる文先生に紹介していただいて、カオリも私も、互いを結婚の相手として受け入れたんだ。

 二人の出会いを語れば、言葉ではこんなにも短く説明できてしまうのだけれど、実際に一人の男性と一人の女性が神様を中心に出会うということは簡単なことではないと思う。

 出会いは、人間の力だけで成し遂げられるものではないと思うんだ。

 私たちは文先生によってそれが可能になったと信じている。その信念は私も、そしてカオリも生涯変わることはないと思う。

 この出会いが、二人が一緒に体験した最初の奇跡かな。

 でもね。出会うことは、ある意味、簡単になされたんだけど、二人の心が一つになることは簡単ではなかったんだ。

 結婚してからも、男性と女性というのはこんなにも違うものなのかっていう、発見と驚き、試練の連続であったともいえる。

 アメリカの心理学者のジョン・グレイという人が書いた本で、『ベスト・パートナーになるために~男は火星から、女は金星からやってきた』というタイトルの世界的によく知られている書籍があるんだ。

 『男は火星から、女は金星からやってきた』っていうキャッチフレーズが相当話題になってベストセラーになったという話なんだけどね。

 男女は引き合う半面、男性と女性というものはそれほど違いの多い存在だし、男女が分かり合うことは簡単じゃないっていうことだね。
 だから結婚相手と出会うことも大変だけれど、夫婦が分かり合うことはもっと大変なことかもしれない。

 このことは人類的課題だと思うよ。大先輩のおじいちゃんやおばあちゃんにも後で聞いてみてね」

 私はビデオ通話でつながっている両親と義母の表情をうかがう。

 冷めたコーヒーを口にした後、ナオミとチカの反応を確認しながら、私は話を続けた。

 「私とカオリの間にもね、人類的課題はあったんだ。私よりも、カオリの私に対する葛藤は強かったかもしれないね。カオリは夢多き、理想の高い人だったからね。

 けんか?

 そうだね、けんかもしたよ、結構、したね。

 でもけんかは二人の間だけでっていうルールを決めていたんだ。

 人前ではけんかをしない。
 親の前ではけんかしない。子供の前ではけんかをしないってね。

 お互いのことが分かり合えない時は確かにつらかったし、悲しかった。イライラすることもあった。

 でもね、カオリのすごいところは、分かり合えた時、心から納得がいった時は、深い尊敬心と愛情をストレートに表現してくれたんだよ。そしてそれは心と体の五感の全てに伝わってくるのが分かるんだ。心にじわっと染み込んでくるって感じだね。

 私はそのことを通して、心は伝わるものだし、愛にも味があるんだということを知ったんだ。

 例えば、このケーキも、食べたらおいしいって分かるでしょう? そしてそのおいしいっていう味覚や感覚はある種の記憶となって残るよね。

 それと同じでね、カオリから発せられた愛の思いは私の中に確実に蓄積されていったんだ。
 だからカオリからもらった愛の味は遠い彼方(かなた)の追憶ではなく、今もその時と変わらないリアルな感覚として私の中に常にとどまっているんだよ。

 まさに記憶というよりは“記録”っていう感じかな。
 だから今も、カオリの愛の記録と共に生きているってことだね。記憶を呼び起こすというより、記録を再生するって感じだね。

 きっと人間の心には愛の周波数だけをキャッチして記録する機能が備わっているんだと思う。
 だから愛は永遠に残したいと思えるものだし、実際、残るものだってことじゃないかな」

 私はまたひと口コーヒーを飲み、ケーキを口に入れた。
 ケーキの甘さと共にカオリの愛の香りがよみがえる。カオリの愛はナオミとチカにもきっと伝わっているはずだ。

 「次は、二人が一緒に体験した二つ目の奇跡の話をしようかな。

 一つ目の奇跡は、二人が出会ったことだって話したけど、二つ目の奇跡は、ナオミと出会ったことなんだよ。

 “子は授かりもの”っていうでしょ?
 結婚も子供も、望むべきものだし、求めるべきものだと私は思っている。
 でもそれは同時に、創造主である神様の領域に属するものでもあるということなんだ。被造物には越えられない、人間にはどうすることもできない部分もあるということだね。

 もちろん望んでいたことではあったけれど、結果として私たちはナオミを天から授かったのだといえるんだと思う。

 二人を通して新しい生命が誕生したこと、これが神様の創造の御業(みわざ)なんだなって心から思った。
 ナオミとの出会いは、まさに奇跡を目の当たりにしているようだったよ。

 カオリはナオミを愛した。
 もちろん私もナオミを愛した。
 でもカオリは、ナオミが生まれる前から、ナオミがおなかに宿る前からナオミを愛していたんだ。

 分かるかなあ。

 女性とは、母親とは、そういう存在なんだと思う。夫と出会う前からすでに夫を愛し、子を生む前からすでに子を愛している。

 学習して愛するとか、練習しないと愛せないとか、そういうものじゃないんだ。
 愛は経験ではないんだよ、特に女性にとってはね。

 母なるものから全ては生まれてくることの意味っていうのかなあ。
 女性には女性として存在した時から、時空を超えた愛がすでに備わっているんじゃないかと思えるほどだよ。

 こういう考え方って、マザコン的かなあ?

 でも、この辺に男性と女性の決定的な違いがあるって思うんだよね。

 カオリが私を愛する姿を通して、そしてナオミを愛する姿を通して、女性は本当に偉大だなって、私は心から思ったんだ。

 その時、自分の母親にも感謝したし、カオリのお母さんにも心から感謝したんだ。
 自分を生んでくれてありがとう、カオリさんを生んでくださってありがとうってね。

 私はこう思うんだよね。

 親のことは子が、子のことは親が、そして女性のことは男性が、男性のことは女性が証しすべきなんだと。
 それは神様の創造の領域に属することだから。

 カオリの話を肉体の耳で聴くことができないのは残念だけれど、彼女の愛が私の中に記録され、ナオミの中に存在していることは間違いなく事実だし、私にとって真実なものなんだ。

 二人が初めて会った時、自分にとって祝福結婚とは何かについて、互いに尋ね合ったんだ。
 カオリは、祝福結婚は理想家庭を築くことだと言った。私は、祝福結婚は永遠の関係を意味していると答えたんだ。

 私は火星から、彼女は金星からやって来たんだと、感じた瞬間でもあったね。

 お互いを通して未来が開かれていく、お互いを受け入れてこそ、成すべきことが見えてくるって感じかな。

 それが祝福結婚、神様を中心とする結婚なんじゃないかと思うんだ」

 私の話に聞き入っていたチカがつぶやくように問わず語る。

 「祝福結婚って、神様の創造を追体験することなのかしら」

 ナオミがチカの言葉を引き取って続ける。

 「そうだね。でも、神様の創造って、絶対者、全知全能のおかたの完璧な仕事っていうより、二人の子供の様子をハラハラドキドキしながら見守っているって感じじゃない?」と。

 「おじいちゃん、おばあちゃんたち、お父さんの祝福の証し、どうだった?」と、司会者よろしく、ナオミが絶妙なタイミングで青森と大分に向かって呼びかける。

 「出会う奇跡、生まれてくる奇跡。奇跡の陰には神様あり、だねえ」とコメントしたのはテツオだった。

 タツコは「タカシに女性は偉大だと言ってもらって心がすっきりしたわ」と言い放ち、シホは「タカシさんのお話をきっかけに、私を愛してくれた夫の記録を確かめてみようと思ったわ。すてきな証しをありがとう」と、ほほ笑んだ。

 チカが背筋を伸ばして語り始める。

 「ナオミの家族、やっぱすごいご家族だよ。ナオミのお父さんのお話も今まで聞いたことのないことばっかりだったし、このような場を家族で分かち合えるってこと自体、ただただ驚いています。
 私の家族とナオミの家族は、火星と金星ほど違っているかもしれないけど、その違いを超えて交流できたらいいなって心から思いました」

 ナオミが拍手する。

 チカはまた涙目になった。
 ナオミのチカを見守るまなざしが熱い。ナオミの愛がチカに流れ込み、チカの心に記録されていく。

 チカは私を真っすぐに見つめながら、意を決したように口を開いた。

 「ナオミのお父さん、私の両親と会ってくれませんか。そして祝福結婚のこと、私の家族にも話してくれませんか」

 私はナオミに3杯目のコーヒーを頼んだ。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う

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 次回もお楽しみに!

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