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スマホで立ち読み Vol.35
『家庭と教会学校で育む 子女の心情と信仰』9

座間保裕・著

(光言社・刊『家庭と教会学校で育む 子女の心情と信仰』〈20161031日初版発行〉より)

 スマホで立ち読み第35弾、『家庭と教会学校で育む 子女の心情と信仰』を毎週月曜日(予定)にお届けします。

 本書は長年にわたる子女教育の研究と実践の集大成として、家庭教育での父母の在り方についてまとめられた一冊です。

 第1部はQ&A形式の提言、第2部は第1部の内容についての理論的な解説がまとめられており、実践と理論の両面で学べます。

※本文中の行事名などは、全て掲載当時の名称です。

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1部 小学生期の子女教育Q&A

1章 家庭での父母による信仰教育

⑧勉強もやる気がなく、運動も苦手で意欲が感じられない。どうしたらよいか。

 今まで子女の問題を親子関係の問題と指摘し、問題解決の照準を合わせてきましたが、その関係性は結果的なものであり、より原因的な問題解決なくして根本的解決に至らないことを改めて自覚する必要があります。

 それは、夫婦関係における「他我自覚」(為に生きる)の精神で「自同的四位基台」(夫婦一体愛)を形成することです。参考までに「発展的四位基台」とは子女繁殖のことですが、それで夫婦関係の完了ではありません。

 他我自覚とは伝道精神にも通じます。人の命が生きるときは、霊的にも肉的にも共通して「死なんとする者は生きる」という境地を必ず通過します。

 無私で他のために100パーセント投入する世界です。この精神で夫婦、親子の関係が展開してこそ固い愛の絆が形成されます。したがって「二世教育」ではなく、「二世伝道」に意識を転換し、自らが得た最高の賜物をいかに伝えるかを四六時中祈り求めていく必要があります。さらに、二世伝道とは「神主義の価値観を伝える」ことです。それが後天時代の伝道スタイルでもあります。

 私たちの周りは世俗文化に取り囲まれ、ややもすると堕落性が誘発されるような環境圏です。子女たちも同じ環境に浸っています。そのような中にある二世の状況を、川の流れに逆らい、上流に向けて一生懸命に泳ぐ姿に例えることができます。一生懸命に泳いでこそ、上流に進むことができ、普通に泳いでいたら停滞か川下に流されます。何もしなければ川下に流されて、やがては滝つぼに落ちていくのです。このように危機的状況にあることを霊的に敏感に感じ取っているかどうかが大きな問題です。

 まず夫婦の中で、サタンの攻勢に対して子女たちを守り、さらにサタンを駆逐するという気概が「細胞化」されていなければなりません。のみならず、生活の中における全ての言動を神様に連結していくという気概が必要です。

 確かに「最近の子女たちは弱くなった」という声をよく聞きます。それは、私たちが世俗化によって、神様との縦的軸が弱くなっていると見たほうがいいのです。一般社会も同様に、マイホーム主義と個人主義の傾向がそれを加速させています。それこそサタンの戦法にはまっていること以外の何ものでもありません。まず父母が学び意識高揚に努めるべきでしょう。

 祝福家庭ほど志の高い人々はいません。その祝福家庭が結束すれば、どれほどの知恵と力が出るか分かりません。孤軍奮闘するだけではなく、茶話会、サロン、ホームグループなど定例会をもつことです。そこには、いかにサタン文化を駆逐して神主義文化をつくるかというテーマが必要です。

 さらに言えば、サタンを駆逐する力も結局は神主義の文化と基台造成によります。最高の基台は夫婦ですから全ての鍵がそこにあるのです。一度決めたことはやり続ける「心身統一」、子女の成長の基台になる「夫婦統一」の二点が鍵になります。

 たくましさは、基本的に父性から出てきます。そして父性は父親からしか出てきません。今日の父性喪失の社会環境では、父性を子女に投入することは困難です。参考までに、林道義著『父性の復権』の読本をお勧めします。一方では母性も喪失しています。父性の前に十分な母性が注がれてこそ、父性がしっかりと子女の中に定着します。遠回りになりますが、結局は父性の軸を立て、母性のあふれる本然の家庭理想を構築することです。

家庭での取り組み
 家庭において父母がなすべきことをしないと、子女たちは社会の中で天的霊性を吸い取られ、堕落性が誘発されます。ここでは夫婦の関係については割愛しますが、親子関係について言えば、具体的に親子の絆づくりを日々構築すべきです。それは小学生期から親子一緒に家事をすることです。特に女子は母親から料理や掃除、洗濯など手ほどきしてもらうことが必須です。

 男子もできたら良いでしょう。男子はさらに父親と一緒にテントを張ったり、釣りをしたり、何かを創造することが良いのです。父親の不在が多い場合は、母親もアウトドアにチャレンジしてほしいものです。「玉磨かざれば光なし」、「玉琢(みが)かざれば器を成さず」という言葉もあるように、問題は父母や教育担当者に子女を光り輝かせるという気概がどれだけあるかに懸かってきます。

 芸術の秋には、小学生は「韓国語フェスティバル」、中高生は、韓国では「心情文化芸術祭」、日本では「中和文化祭」が開かれますが、彼らが舞台でスポットライトを浴びる姿は輝く希望の実体になっています。

 そのような姿にして毎日輝かせるという気概が、まず父母自身に必要です。そのような気概なくして、どんなに良い教材や環境、システムがあっても子女は磨かれません。具体的には天使長圏が教育に関与しますが、天使長圏に丸投げになってはいないでしょうか。アメリカ社会のクリスチャン家庭に見られるホームスクールは、学校で行われている唯物史観に染まってはならないとの父母の決意があります。世俗の波が津波のごとく押し寄せている日本社会にあっても、全ての子女たちを一人残らず堂々たる姿をもって真(まこと)の父母様の前にお返しするという父母の聖使命を再自覚しましょう。

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 次回は、「純潔教育について」をお届けします。



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