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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

36話「伝道」

 永遠の生命に至る道…。

 わが故郷でのトドマツの木との出合いは、私の心を還故郷に向けさせ、伝道を強く意識させることとなった。

 「ナオミ、文鮮明(ムン・ソンミョン)先生は、こんなことをおっしゃっているんだよ」

 自分の親戚と親友から伝道しなさい。

 「そうなんだあ。なんか今のうちの状況、そのまんまだね。…お父さんは親友を伝道したの?」

 ナオミの物言いは、いつも率直でストレートだ。純粋で裏表がない。実直で真っすぐな性格は母親似だ、といつも思う。

 「そうだねえ。結果的にそうなったというところかな。
 統一原理を学んで、信仰を持つようになって、最初に声をかけたのが、大学の友人だった。
 彼は友達の友達だったんだ。お互いに音楽が大好きでね。共通の趣味で意気投合して大の仲良しになった。二人とも高校時代はバンドをやっていたんだよ。だからよくカラオケに行って一緒に歌っては、将来の夢を語り合っていたなあ。
 彼にはプロを目指す気持ちもあったからねえ。地方から上京したのも、学業というよりは、東京で音楽をやりたかったというのが彼の本音だったんだよ」

 「ふ~ん。その人は伝道されたの?」

 「そうか。ナオミは覚えてないか…。お母さんが生きている頃、実はナオミも一緒に会ったことがあるんだよ、彼に。確か、まだナオミが2歳になったばかりの頃だったかなあ。ナオミは覚えていないよね?
 彼はイタリア人の女性と祝福を受けてね、長くイタリアに住んでいるんだよ。めいちゃんっていう女の子が一人いるんだけどね、ナオミより3歳年下になるかな。今は大学生だと思うよ。お父さんもずっと会えてないなあ。いつかナオミも会えるといいね」

 彼はあっという間に私の一人目の信仰の子女となった。

 「統一原理っていう、すごい思想があるんだ。ぜひ聞いてほしい!」

 十分な説明もできず、ただそんなふうに勢いだけで声をかけて、私は彼を教会に誘った。

 音信不通になっていた私のことを心配していた彼は、とにかく私と会えるのならと、統一原理を聞くことにしたのである。

 気の置けない二人は教会でも一緒に活動することが多かった。時には二人でギターを弾いて歌を歌い、伝道復興集会のステージに花を添えることもあった。
 大学卒業後、同じ年の祝福を受け、その後はそれぞれの道を歩んだ。彼はイタリアで、私は日本で。

 「お父さんは、一番の仲良しが最初の信仰の子女になったというわけね。すごいじゃん」

 結論だけ言えばそうなのだが、伝道というものはそう単純なものでもない。
 親友が信仰の友となり、親友と信仰の親子となる道は、平たんなものではなかった。

 「ねえ、お父さん。チカのこと、これからどんなふうに接してあげたらいいのかなあ。伝道って、イコール統一原理の受講だけ、というわけにはいかないでしょう?」

 伝道は“永遠の生命”の問題なのだ。
 と、私は心の中で自らを正す。

 「そうだねえ。伝道について、文先生はこうも教えているんだ」

 伝道は、第二の私をつくることである。母が、子供を生んで育てるほどの誠を尽くせば、問題ないことである。

 私自身はそのように実践できていないことへの悔恨の念を抱いていたが、文師の教えをテーマ別にまとめた『御旨の道』の中のいくつかの言葉は長く私の心に留まっていた。

 「だから、信仰の親とか信仰の子女っていうんだね」

 ナオミは宗教的な感度がいい。さっとみ言と周波数を合わせられるのだ。だからいつも最短で本質にたどり着く。

 「伝道は命懸けだってことね。子供を生んで育てるって、簡単じゃないよね。赤ちゃんを生むことが命懸けだってことは私にも理解できるし、子育ての経験はないけど、簡単じゃないってことは想像できるわ」

 ナオミは地上にあっては祖父母たちの愛情の中で育まれ、母のカオリからは霊的に守られ、導かれてきた。そのことは誰よりもナオミ自身が強く実感しているはずだ。

 そのような人々の精誠の蓄積が、伝道とは何かをすでに証ししているのだ。


 気候変動が懸念される昨今だが、日本の季節はいつもと変わらず冬から春へと移り変わり、春は確実に夏へと向かっていた。

 国際協力NGOに勤めるナオミは、5月に行われるフィリピンのスタディーツアーの引率スタッフを務めることになっていた。大学生の時に参加したことのあるスタディーツアーで、今度は運営する側のスタッフとして責任を持つことになったのだ。

 ナオミとチカの出会いはスタディーツアーがきっかけだった。
 同じチームでフィリピンでの活動に取り組んだ。二人は濃厚な国際協力体験を共有した。共に笑い、共に驚き、共に泣いた。

 大学卒業後、二人はそれぞれの進路を歩んでいたが、ナオミはチカと一緒にもう一度、フィリピンの貧困児童たちへの教育支援活動に携わりたいと考えていた。
 心の国境を超えるという課題を残したままだったからである。

 心の国境を超えるという課題は、ナオミにとって自分自身の壁を乗り越えることを意味していた。
 ナオミにとって、国際協力の分野で仕事をすることは、国籍や文化の違う人々を家族のように愛することを意味していた。
 ナオミは、フィリピンの子供たちを自分の弟や妹のように愛することはできた。しかし共に歩んだチカに対しては、彼女を支えきれなかったという後悔の念を残したままだった。

 ナオミはスタディーツアーにチカを誘った。
 チカはナオミの誘いに、妹が姉の言葉を受け入れるように応じた。

 ナオミはチカと一緒にフィリピンの子供たちを愛したかった。
 貧困でかわいそうな子供たちだからという同情心ではなく、自分たちの弟、妹として彼らに必要なサポートをしてあげたいと思った。家族だから彼らを愛するのだ、と自らに言い聞かせた。

 チカと共に、そして日本の参加者たちと共に、一つの家族としてフィリピンの子供たちへの支援を遂行したいとナオミは望んでいた。

 「統一原理」で伝道するのは、愛を探す運動である。

 ナオミは私が伝えた三つ目の文師の言葉を心の中で反すうした。

 「統一原理を実践することで真の愛を探し出すことができるのだ」

 ナオミは合点がいった。
 原理を頭だけに仕舞い込んでおくのではなく、実践し、心に刻んでこその新しい真理なのだと、ふに落ちた。

 納得できたなら、あとは行動あるのみ。それがカオリとナオミの、母娘(おやこ)共通の人生哲学なのだ。

 ナオミは成長と共にカオリに似ていく。
 体の遺伝子がそうさせるのか、心の遺伝子がそうさせるのかは分からない。

 伝道は、第二の私をつくることである。

 カオリもまた、娘を伝道しているのだと思った。肉身を超えて、霊界に在っても誠を尽くしてナオミを育てているのだ。

 ナオミはスタディーツアーを成功させるために、チカをはじめ参加予定者たちと、事前の打ち合わせと準備を重ねた。

 「仕事も人間関係も、そしてNGOの活動も、統一原理の実践だと考えよう。そうすれば、おのずとそれらの行為は愛を探す運動となるに違いない。ために生きて、真の愛を見いだしていくことが人生の意味なのだ」

 ナオミは自らにそう言い聞かせた。

 伝道も、還故郷の取り組みも、大変なエネルギーを要するものだ。そのような考えを持つに至るだけでも普通ではない。
 メシヤに救ってもらうことがゴールではなく、メシヤのように人を救うことが祝福を受けた者の行くべき道なのだ。

 ナオミを通して伝道の何たるかを教えられる思いだった。

 還故郷もまた、単に故郷に帰ることでも、Uターンすることでもない。ましてや休みに帰省することが還故郷ではないのだ。

 還故郷の時代だからこそ、親戚や友人たちから伝道する。
 そしてその本意は、故郷を通して、失われた真の家庭の愛を探し出す運動を展開することなのだ。

 と、帰宅後も毎日夜遅くまでスタディーツアーのために机に向かって準備する娘の背中に教えられ、鼓舞される私だった。

 聖書に記された歴史をたどれば、復帰の道は神も大変だったということがよく分かる。メシヤの行かれた道もまた尋常ではなかった。

 「チカと一緒にフィリピンで神様の愛を探してくるね」

 出発の朝、ナオミは意気揚々と右手を振って私に笑顔を見せた。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う

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 次回もお楽しみに!

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