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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

33話「チカの手紙」

 統一原理を学ぶ2日間のセミナーを終えた日曜日の夕方、チカの表情は高揚感に満たされていた。
 しかしチカは多くを語らず、簡単な感想を口にする程度で、ナオミに対しても謝意を伝えるだけだった。

 ナオミは「チカらしくないな」と感じたが、ナオミ自身も緊張していたせいか、思うようにチカに声をかけられない。
 セミナーを終えたチカを思いっきりハグで迎えたい気持ちでいたはずなのに、今までのような仲の良い友達として互いに振る舞うことができなかった。

 セミナーの会場となった教会を出る頃には、すでに日は落ちていた。
 ナオミはチカともっと話したい、いや、もっと話すべきだと考えていたが、帰宅を急ぐチカを引き留めることはできなかった。

 ナオミはチカを地下鉄の駅の改札口まで見送った。心は落ち着かないままだった。
 ナオミはセミナーでチカの班長を務めた教会のお姉さんにLINEで連絡を取った。ほとんど無意識にスマホを取り出してタップしていた。

 「あ、お姉さん、ナオミです。今、大丈夫ですか? チカ、どうだったんでしょう? 原理講義を受けた反応はどうでしたか? 今、駅まで送ったんですけど、あまり話してくれなくて…」

 「ナオミちゃん。チカさん、しっかり聴いていたわよ。ノートもしっかり取って、感想もしっかり答えてくれていたわ。むしろよく理解できた分、人生の意味の重さを感じていたのかもしれないわね。
 自分のご家族のことや、自分のこれからの生き方について考えさせられたと言ってたわ。
 ナオミちゃん、大丈夫よ。続けて学びたいという意思は持っているようだったから。彼女のためにお祈りしましょう」

 話を聞いてナオミは少し落ち着きを取り戻したが、心の水面(みなも)に立つさざ波が収まることはなかった。

 帰宅したナオミは、私にチカの様子を静かに伝えた。

 「これからどうすればいいのかな」

 「心配ないさ。チカちゃんはナオミの親友なんだし、少し落ち着いたら連絡すればいいよ。ゆっくりゆっくり、だよ」

 とは言ったものの、初めて信仰の親としての務めを果たそうとするナオミの心の重圧が小さくないことは、手に取るように分かった。

 「祈るしかないって、こういうことなんだね。チカにどんなふうに声をかけたらいいのかも、神様に聞かないと分からないよ…」

 「そうだな。待つことも信仰だよ、ナオミ。チカちゃんも初めて2日間続けて原理を学んで、今はゆっくり消化する作業をしている最中なんじゃないかな」

 ナオミはすぐにでもチカに連絡したいと思った。しかし気の利いた言葉が浮かばない。

 ナオミはふと思った。

 「チカは一人で考える時間がほしいのかもしれない…」

 ナオミは私と相談して、7日間、チカのために精誠条件を立てることにした。

 セミナーが終わった日の翌週の金曜日、チカから手紙が届いた。メールではなく手紙だった。
 ナオミは深呼吸をしながら封を切った。便箋にはチカの懐かしい文字が並んでいた。


親愛なるナオミへ

 ナオミ、手紙を書くのはいつ以来だろう。大人になったら手紙を書くこともなくなったよね。年賀状だって数えるほどしか出さなくなったもの。
 久しぶりのナオミへの手紙、ちょっと長くなるかもね。ボールペンの手書きでどこまで書き続けられるか心配だけど。

 (どんな内容なのだろう?)

 ナオミの鼓動が高鳴る。

 ナオミ、こないだはごめんね。
 いっぱい話したいことあったけど、それができなかった。
 ナオミもすごく気になってるよね。
 「チカ、セミナーはどうだった?」っていうナオミの顔、夢に出てきたもん。それも至近距離で。私に顔を近づけてきて、夢の中だけど、本当にびっくりしたわ。
 なぜかナオミのお母さんも一緒だった。

 (お母さんがチカの夢に? しかも私と一緒に出てきたの?)

 ナオミは驚きながらも、その顔には自然と笑みがこぼれた。

 統一原理のこと。
 私の反応、気になるでしょう?
 たぶん、自分なりに、それなりに理解できたと思うよ。
 ナオミの由布院のおばあちゃんにキリスト教のこと少し教えてもらっていたし、ナオミと一緒に聖書も読んでいたからね。
 信仰心ゼロの私だったけど、イエス様の生涯の講義には泣いたなあ!

 (イエス様の生涯に泣いた…。チカがそんなこと言ってくれたら、私も泣いちゃうよ…)

 ナオミの胸がきゅっと詰まった。

 私ね、ナオミと出会って、ナオミの家族と交流するようになって、すごくナオミのことうらやましく思ってたんだ。
 素直で純粋なナオミ、真っすぐで優しいお父さん、海のように深い愛で愛してくれる由布院のおばあちゃん。
 青森のおじいちゃんとおばあちゃんもきっとすてきな人たちなんだろうなって、ナオミのお父さんやナオミを見れば分かるよ。

 (そうだったの? そんなふうに私の家族のことを見てくれていたの?)

 ナオミはチカの家族のことをよく知らずに過ごしてきたことを悔やんだ。

 私は両親の祖父母とも疎遠だったし、忙しい両親のもとで育ったけど、寂しさに耐えられないほどつらいと感じたことはなかったの。でも、親の愛と言われても、それがいったいどんなものなのかをイメージすることはできなかった。
 創造原理の講義で神の愛について説明されても、最初は科学の授業を聞いているみたいだった。面白いとは思ったけど、それ以上ではなかったの。

 (そうだったんだね、チカ…)

 人間はなぜ、神と断絶してしまったのか…。堕落論を聞いて、創造原理が単なる科学的な理論や知識じゃないって思ったの。
 聖書の中のイエス様がなぜあんなに過酷で深刻な人生を生きていかなければならなかったか、そしてなぜあんなにもイエス様は人間の罪の問題と向き合ったのか。堕落論を学んでみて理解できたような気がしたわ。

 (チカは堕落論の中でイエス様の心情世界に触れたの? すごい!)

 ナオミはチカの統一原理に真摯(しんし)に向き合う姿勢に心打たれていた。

 ほんの一部分にしか触れていないかもしれないけど、復帰原理の内容を知って、私はショックを受けたわ。
 堕落したわが子の命を、歴史を懸けて取り戻そうとしてこられた神様の執念を見たような気がしたの。
 それは、「私」という人間がどこまでも復帰摂理歴史の所産なのだと、実感した瞬間でもあったわ。

 (チカ、歴史の中の神様と出会ったのね!)

 ナオミが見つめる手紙の文面には、静かに講義に耳を傾けるチカの姿が映し出されていた。
 2日間の中で、チカの心の内に、劇的な聖霊の役事が起きていたのだとナオミは感じずにはいられなかった。

 歴史の目的は何なのか。復帰摂理歴史の所産である「私」の人生の目的は何か。
 ナオミ、私は人生でこんなにも大きな事柄について考えたことはなかったわ。
 イエス様のことを知ったばかりの私が、たった2日間のセミナーを通して、再臨のイエスについて知ることになるなんて夢にも思ってなかった。
 セミナーが終わった時には頭の中も心の中もそのことでいっぱいで、ナオミといろんなこと話したかったけど、それができなかったの。ナオミが戸惑っているのは分かってたよ。ごめんね。

 (そうだよね。6000年の歴史ドラマをいっぺんに聞いちゃたんだもんね)

 ナオミはチカの心に寄り添いながらも、人の人生に影響を与えることの重さを改めて感じていた。

 ナオミ、班長さんから聞いたよ。
 ナオミは私の信仰の親の立場なんでしょ?
 うれしかったよ。ナオミが私の親なんだなって。ナオミの家族とつながったようで、私の心はすごく喜んでいたわ。
 大学時代のナオミとの出会い。あれこそが運命だったと思うよ。
 復帰摂理歴史の中で生きてきた先祖たちの功労もあったんだなって感じたし、何よりナオミのお母さんが私のことを導いてくれていたんだなって思うんだよね。

 (私のお母さんが? でも、確かにそうかも…)

 母が自分たちを見守り、導いてくれていたのだと、ナオミの心にも感謝の思いがあふれた。

 ナオミが祝福の子女だということも班長さんから聞いたわ。
 ナオミ自身、「私は宗教二世よ」って、よく言ってたけど、ナオミは祝福二世なんだよ。
 セミナーでは祝福結婚の話も聞いたよ。
 自分も祝福を受けたいなって思った。
 もし自分に子供が生まれたなら、ナオミのような子に育ってほしいなって思ってる。
 ナオミ、長い手紙を最後まで読んでくれてありがとう。
 そして真の父母様と出会わせてくれてありがとう。

 心から感謝を込めて。

 チカより

 (神様、ありがとうございます! 真の父母様、感謝します!)

 ナオミはすぐにでもチカへの返事をしたためたいという衝動に駆られた。

 ナオミは頬を伝う涙を拭うこともなく、ボールペンを手に取って握り締めた。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う

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 次回もお楽しみに!

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