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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

30話「信仰の花は家庭で咲く」

 大暑の日の夜、スコールのように雨が降り出した。
 遠くから雷鳴がとどろく。
 うだるような暑さが連日続いている。ここ数日、短い時間だが、夜になると決まって強い雨が窓の外を打ち付けた。

 リビングのソファでくつろぐナオミ。
 ナオミは最近よく聖書を読んでいる。雨音を聞きながらだと、読書に集中しやすいのだと言う。

 聖書を読む理由を問えば、「世界で生きていこうとすれば、宗教を理解しないとね」と答える。
 ナオミの書棚には、仏教の聖典やコーランも並ぶ。最近は哲学書や歴史の本も増えた。
 「教養を身に付けないと」、これも口癖だ。

 ナオミは祝福二世だ。
 その自覚はある。しかし自分には信仰がないのだと、時々口にする。

 一方で大学4年の時に21日修練会に参加し、親友のチカに統一原理を伝えたいと表明することもある。

 高校生の頃から、絶妙なタイミングで原理に関する質問を投げかけるようにもなった。理屈っぽいといえば理屈っぽい問いかけが多かったが、その内容は鋭くかつ本質的なものだった。しかしその矛先は常に父親に限られていた。
 21修の時も感想はしっかり書いていたが、講師にも、班長にも、原理の質問をすることはなかった。

 「お父さん、信仰って何?」

 降り続く雨音を気にかけながら、ナオミが唐突に尋ねた。
 ナオミの私に対する問いかけはいつも直球ど真ん中だ。

 「信仰のある人と、信仰がない人はどこが違うの? 信仰があるってどういうこと? 信仰がないって…?」

 ナオミが国際社会で活動する上で宗教を理解することは確かに必要なことだった。
 しかしナオミが宗教と向き合おうとする真の動機は他にあった。
 人間の不幸な姿をご存じの愛の神が、なぜ沈黙し続けているのか、という、その疑問に対する答えを見いだしたかったのである。

 充実した信仰生活を送る人々…。誰かが「導かれている」と興奮し、「救われた」と喜ぶ時、ナオミは「なぜそう言えるの?」と心の中で問いただした。

 人は何かを信じようとする。信じるもののない人生はむなしいからだろうか。
 自分は不幸だと感じ、何かを信じることで満足や平安が得られるから、人は信仰を持つのだろうか。

 ナオミは信仰に依存したくないと思っていた。だからこそ、信仰とは何なのかを知りたかった。
 信仰がなぜ必要なのか。
 意味ある人生を生きるために、それを明らかにしなければならないと考えた。

 ナオミは盲目的に従う人間にはなりたくないと考えていた。
 ナオミは信仰の動機の成長という節目に直面していたのである。

 「何かを信じることが信仰だと考えている限り、ナオミが求めている答えは得られないんじゃないかなあ。
 もし自分が何かをしてもらいたくて相手を信じるのなら、相手に対する期待感が信仰の対象になってしまうからだよ。
 でもナオミは、相手に依存することが信仰だとは思っていないんだろう?」

 「そうね。神様に何かをしてほしいから信じるとか、神様から何かをもらいたいからそれを頼むことが信仰だとは思っていないわ」

 「これは私の考えだけどね。
 信仰にも成長というものがあるんじゃないかなあ。心身が成長し成熟していくようにね。
 成長することで周囲との関係性も変化していくよね。だから信仰も固定化されたものではなく、それ自体が段階的に成長し、徐々に成熟していくものなんじゃないかなあ。
 大人になるってそういうことだと、お父さんは考えているんだよ。
 信仰についても、神と人間の関係性の中で考えてみたらどうかな?」

 「つまりお父さんの言いたいことは、信仰は一方的なものではないということね? 関係性の中で育まれていくものだということでしょ?」

 「そうそう。親子の関係で言うなら、子の成長というのは、親との関係性の変化となって現れるものじゃないかな。親の思いや立場への理解が深まるのも成長の証しだと思う。
 他の人間関係もそうじゃないかなあ。お互いのことを分かり合えるようになってこそ、それは成熟した人間関係を築くことにつながる。つまり両者の関係の中に、信頼とか尊敬心とかが育まれていく、というようにね。
 だから神への信仰も人間側の事情や言い分だけにとどまっていては、神と人間における関係性の成長や発展は得られないんじゃないかな」

 そこには学生だった頃のナオミとはなかなか話せなかったことを話せている親の姿があった。
 私もナオミも成長している。これはその証しなのだと…。
 ナオミの直球をうまく受けられたようで、私は肩の力が程よく抜けていく心地よさを感じていた。

 「ナオミ、おじいちゃんやおばあちゃんと付き合うように神様と付き合ってみたらどうだろう。
 祖父母たちにとってナオミが最高の孫娘であることはすでに証明済みじゃないかい? 祖父母たちの心情をしっかりと受け止め、愛情を返しているナオミの姿は最高だよ。
 真の父母様(文鮮明〈ムン・ソンミョン〉・韓鶴子〈ハン・ハクチャ〉総裁夫妻)の教えてくれた信仰生活はね、まさに家庭において実践されてこその教えなんだ。
 信仰の花は家庭で咲かせるもの。それが拡大していく時、地域社会や世界のために生きる人生、神の下の人類一家族の理想も形になっていくんじゃないかな」

 「おじいちゃんやおばあちゃんと接するように神様と接するということ?
 それってリアリティーがあって、すごく分かりやすいね」

 ナオミの親である私が神様の立場に立っていなかったことが、ナオミに「神の沈黙」を背負わせてしまっていたのだと私は気付かされていた。

 同時に祖父母たちへの感謝の思いが湧いてくる。祖父母たちの孫娘への無条件の愛の投入は、ナオミを導き、救ってきたのである。まさに祖父母たちの振る舞いは神の無償の愛の行いと同等であった。

 「お父さん、これからは神様の立場に立って神様のことを考えてみるわね。
 救いを求める人間の側だけにとらわれないようにするわ」

 ふと、真の父母様のメッセージが思い出された。

 「今日、人間の力では限界に到達しました。本来、人間は、宇宙の主人であられる創造主、神様がどのようなおかたかを知らなければなりません。そうしてこそ、全ての問題が解決されます」(『真のお母様のみ言 御旨の道』より)

 確かにそうなのだ。
 人間の持つ力の限界をまざまざと見せつけられてきたのが人類の歴史であり、今がまさにそのような時代ではないか。

 さっと、何かが降りてくる。

 「人間の責任分担を全うするためには、神の立場に立って神の原理と神の真の愛を共になす私とならなければならない」

 神霊と真理による人生…。
 妻の声と私の良心の声が共鳴した。

 「お父さん。今、お母さんのこと考えていたでしょう?」

 ナオミも気付いている。

 「私、お父さんがお母さんのこと考えていると、いつもすぐに分かっちゃうんだよね。
 お父さんの顔とお母さんの顔が重なるの」

 「え? そう? そりゃあ…、うれしいね」

 妻の存在を感じる時、それが至福の時だ。
 ナオミに語った「信仰の花は家庭で咲かせるもの」という言葉も、カオリの声と私の良心の声のハーモニーから出たものに違いない。

 母親の背中を見ながら、世界のために生きていきたいという志を持って学生時代を無我夢中で駆け抜けてきたナオミだった。

 時には、神の下の人類一家族理想に懐疑的になることもあった。
 しかし神は、家族を通していつもナオミを見守り、導いてくださっていたのだ。

 雷雲が去り、雨も上がっている。
 明日も暑くなるだろう。

 ふっと、ナオミがつぶやく。

 「今日のこと、今度チカに会ったら話してあげたいな…」

 ナオミは柔らかにほほ笑んだ。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母
●川島知佳(チカ):ナオミの親友、大学時代にナオミと出会う

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 次回もお楽しみに!

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