2024.07.19 12:00
孝情を育む 32
『ムーンワールド』で連載された、蝶野知徳・家庭教育部長による子育てに関するエッセーを毎週金曜日配信(予定)でお届けします。
孝情を育む子女教育について、どんな姿勢で向き合えばいいのかを分かりやすく解説しています。
家庭教育部長 蝶野知徳
子女の信仰教育の基礎
「信仰は喜びだ」を生活の中で伝える
子女の信仰教育の基礎となるものは、父母自身の家庭における生活信仰です。夫婦が一つになって信仰の喜びを味わい、その中で子女を育む生活ができれば、それが最高の信仰教育の基礎となるでしょう。信仰というものを別個に教えようとするのではなく、信仰を通した愛の生活、喜びの生活を実体で伝えられるのが良いと思います。
儀式や礼節の中でも、神様を愛する喜びを感じている父母の姿を見ながら、子女は心の中にある“自分も神様を愛したい”という本性が刺激を受けるようになります。そして、その父母から愛されれば、子女はそこに神様の愛が含まれていると感じるようになります。
大切なことは、「神様と愛を授け受けするには、信仰というものが必要なのだ」ということが、生活の中で自然に伝わっていくことです。信仰を「教える」というよりも、父母が実体を見せながら、その中で子女を育んで、体験させていくということです。「信仰は喜びだ」ということが伝えられれば、信仰の自立は促されていくでしょう。
人間の本性に損害を与えるような原理は、ありません。当然、信仰は本然の人間に還っていくためのものですから、本性の喜びを追求しながら生活するものです。親の喜びになっていないものを、子供に喜びのものだと伝えるのはとても難しいことです。
年齢を重ねて青年になれば、頭で物事を図ったり、損得勘定も働いたりしますが、特に幼少期の場合は、知恵や思考、自分の解釈を入れないで、心で感じたものがそのまま体験となる時期です。ですから、父母は信仰教育の形ばかりにとらわれないで、自分の心がどのように子女に伝わるかを考えながら、父母自身の内面をよく主管することが大切になります。
夫婦で普段の信仰と生活を見直そう
放蕩生活にあったアウグスティヌスも、幼少期には、神様に捧げられた母の愛の精誠を、子女の立場でずっと見てきました。当時の彼はそれを受け入れていませんでしたが、放蕩の末、改心し、信仰の道に還ってきたところを見ると、幼き日を共に過ごしてきた、神様を愛する喜びの中にある母の姿が、彼の信仰の原体験になっていたと見ることができます。
幼児期の信仰教育の基礎は、夫婦の家庭での生活信仰によってつくられることを理解し、夫婦で普段の信仰と生活を見直すことから始めましょう。そのように夫婦がよく話し合い、手をつないで祈るなど、一つになって取り組むことが大切です。
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次回は、「感性と信仰を育む」をお届けします。