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青少年事情と教育を考える 270
トランスジェンダー本に見る「親の教育権」

ナビゲーター:中田 孝誠

 今年4月に発売された『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』(産経新聞出版)は、大きな話題になりました。

 内容の詳細は省きますが、欧米で思春期になって性別違和を訴える少女が急増していることに焦点を当て、少女たちとその親、学校関係者、医療関係者などさまざまな立場の人たちを取材してまとめられたものです。
 もちろん、トランスジェンダーを非難したり、否定したりしているわけではありません。

 本書によると、一部の州では学校が生徒の性自認や性的指向に関する情報を親に伝えることが禁止されています。

 また、学校では生徒が望んだ名前と人称代名詞(生まれた時の性別と反対の性の名前、人称代名詞)を使い、記録簿も書き換えられます。

 少女たちを診断する医療従事者などの専門家は、性別が違うという少女たちの自己診断を、ただ肯定することを求められているというのです。

 驚きの内容が多くありましたが、その中で私が一読して強く感じたことを一つ挙げるとすると、家庭と学校の関係、また「親の教育権(権利と義務)」についてです。

 欧米では「親の教育権」という考え方が重視されてきたといわれています。
 米国では州や学校区による違いもありますが、学校と家庭の関わりが重要視され、保護者によるボランティアの機会も多いようです。

 学校の教育方針や授業についても保護者に説明がなされます。時には家庭の教育方針、宗教的理由などから自分の子供に一部の授業を受けさせない(例えば、性教育など)というケースもあるわけです(文部科学省「諸外国の義務教育制度の概要」によると、「子どもの教育に関する様々な選択に参加できる権利」と規定されています)。

 要は、それほど親が子供の教育の義務と責任を果たそうとしているのです。
 しかし、トランスジェンダーに関することでは、家庭と学校との連携はなく、親の意向が少なくとも一部の州では認められない形になっているというわけです。

 本書には、子供たちの突然の変化に戸惑い、苦しむ親たちの切実な声が紹介されています。
 しかも、本来なら子供のために協力・連携するはずの学校や専門職から、子供に関わる重大な内容が告げられないまま物事が進んでいたわけですから、親のやりきれない気持ちが伝わってきます。

 この事態に、著者は母親たちに「親の権限を放棄してはいけない」と呼びかけ、母親は子供を苦しみから救うことができると励ましています。少女たちにも母親との関係を大切にするよう訴えています。

 ちなみに日本では、親の教育権はあまり議論されてこなかったといわれています。
 ただ、教育基本法第5条(義務教育)で「国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う」と定め、改正前の旧基本法では4条に同様の規定があります。

 この「義務を負う」という意味は、「親には、憲法以前の自然権として親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられ」、義務教育は「国家的必要性とともに、このような親の教育権を補完」するものとされています(文部科学省「教育基本法ってどんな法律? 昭和22年教育基本法制定時の規定の概要」)。

 本書は、親子関係の重要性と親が子供のために担っている役割(義務と責任)を明らかにし、もしそれが壊れているとすれば再構築すべきであることを訴えているように感じます。