2024.06.20 17:00
制作の舞台裏から 65
早稲田・高田馬場聖所を訪ねて
つい先日のことだが、所属教会が主催する「早稲田・高田馬場聖所巡礼」に夫婦で参加した。
今回は、その時の忘れ難いエピソードと、「聖所巡礼」に必見のおすすめ映像を紹介したい。
この聖所巡礼は私にとっても特別な意味を持つものであった。
なぜなら私は、新宿区戸塚町(現:西早稲田)の生まれで、1959年まで聖所の近くに住んでいたからだ。
聖所を訪ねることは、私にとっては出生地を訪ねる大切な場でもあった。当時、祖母はまだ赤ん坊だった私を背負って、よく早稲田大学のグラウンドまで連れて行き、野球の練習を一緒に応援したりしたそうだ。
その頃の写真やさらに古い時代の写真が自宅には残っていた。
筆者と母親の後ろには都電の踏切があり、その上に信号機が見える。
上の写真は祖父母の親戚の親子である。背景の記念館は1945年5月の空襲で焼失している。
さて聖所巡礼の朝、私たち夫婦は集合時間の1時間半以上も前に、集合場所となる「高田馬場駅前広場」に到着した。
そこは喫煙所が隣接し、たばこの臭いがする場所だった。また、たばこの吸殻やビールなどの空き缶が広場に散乱し、とても不快な思いになった。
妻は何を思ったのか背負っていたバッグを私に手渡し、空き缶拾いを始めたのだ。
近くには外国人と思われる数人の男性たちがたばこを吸い、ビールを飲みながら大声で談笑していた。
妻はその男性たちの座る場所の空き缶やごみも拾い始めた。そしてその男性の一人に空き缶の捨て場所を教えたようだ。すると男性は自らその場所に空き缶を捨てに行ったのだ。
妻は海外宣教に出た経験もある。外国人に対しても物おじしない態度は立派だと思った。
またそのごみの中に未開封のコンビニの割り箸を発見した妻は、満面の笑みを浮かべて「いいもの見つけた!」と言って、今度はその割り箸を使ってたばこの吸殻を一つ一つ拾い始めたではないか…。
見る見るうちに荒れていた広場がきれいになっていった。
喫煙所でそれを見ていた青年が、妻に近づき何かを話しかけてきた。すると彼は妻と一緒に私の所に来て、「自分は奥さんの姿を見ていて感動しました。きょうは暑いので何か冷たい物でも飲んでください」と言って千円札を差し出してきたのだ。
もちろんそれを受け取ることはしなかったが、青年の気持ちがうれしかった。そしてその爽やかな顔立ちが心に残った。
妻に聞いてみると、「これから聖所に出発するのだから、集合場所を少しでもきれいにして気持ちよく出発したい」と思ったのだそうだ。突然の出会いが与えられ、忘れ難いひとときとなった。
さて、一行は三十数人となって出発した。
ツアーガイドは「『早稲田・高田馬場』聖所巡礼の会」のかたが担当し、要所要所で立ち止まっては、大変丁寧に解説をしてくれた。
解説の声もはっきり聞こえたので聞き漏らすこともなかった。
当日配布された『聖所を歩く~早稲田・高田馬場~』は、貴重な歴史資料が掲載され、何度も読み返すに値する一冊だ。
聖所巡礼は、私にとって初めての体験となったが、真のお父様が歩まれた地を直接訪ねてみることで、お父様の息遣いと尽くされた精誠を感じることができた。
また、夫婦で良き思い出をつくることができたことにも心から感謝したい。
日本家庭連合は今年で創立65周年を迎える。
国家的試練の中にある私たちだが、試練を超えたその先には、必ずや大きな恩恵が待っているに違いない。だからこそ、天の父母様(神様)と真の父母様と一つとなって、強くたくましく歩みたい。
次に紹介する2本の動画は、真のお父様の「日本留学」と「日本宣教」をテーマにした作品だ。
お父様の留学時代の祈りの種が実り、日本統一教会(現・家庭連合)が出発するまでを感動的に描いている。
「聖所巡礼」の恩恵もあって、涙なしには見ることができない。
皆さまも、機会があればぜひ聖所を訪ねてみていただきたい。そこにはきっと多くの出会いと感動が待ち受けていることだろう。
[聖所巡礼 順路]
高田馬場駅前広場→雄鶏舎跡→旧戸塚警察署跡地→下宿先跡地→早稲田大学→箱根山
(T)
番組のご視聴はこちらから(ログインが必要です)。
【文鮮明師生涯路程シリーズ「日本留学」】
【文鮮明師生涯路程シリーズ「日本宣教」】