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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
 家族のために、そして世のため人のために奮闘するお父さんのまなざしをフィクションでお届けします。

第26話「あの場所へ」

 大学4年の夏。
 日本の夏の暑さも東南アジア地域の暑さに負けていないな、とつぶやきながら、ナオミは逆光に映し出される都心の高層ビルのシルエットを見上げた。

 ナオミは大学生活を送る中で、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、台湾、中国、韓国と、アジアの7カ国を訪ねた。
 就活も最短で内定を決められた。親のサポートもあったが、アルバイト収入のほとんどを海外体験に費やした。

 まだ暑さの残る9月。
 ナオミは千葉中央修練所で21日間を過ごした。

 父親との約束を履行した格好だが、21日修練会への参加はナオミ自身が決めたことだった。

 「心から納得できる人生の意味を知りたい」

 それがナオミの修練会に参加する動機だった。

 ナオミは神の存在を信じていた。死後の世界が存在することも受け入れた。
 統一原理の教えを学び、文鮮明(ムン・ソンミョン)先生夫妻を「人類の真の父母」として崇拝する心もあった。

 しかしそれ以上ではなかった。
 ナオミにとって統一教会(現・家庭連合)の信仰は「自分の人生の意味」にはまだなっていなかった。
 寒いからこれを着なさいと、セーターやらオーバーコートやら、さらにはマフラー、帽子と、他人からあてがわれた衣類を身に着けているという感覚をナオミは拭い切れなかった。

 宗教に対して反発する心を持たことはなかった。しかし一方で、自分は教会のことを何も分かってないのではないか、という疑念から解かれることもなかった。
 所属意識の希薄さはナオミを悩ませた。

 「どうして21修に参加しなければならないの?」

 「でも心から納得できる人生の意味が欲しい」という求道心が勝った時、ナオミは21修に参加することを決心した。

 「われわれはどこから来たのか、われわれは何者なのか、われわれはどこへ行くのか」

 タヒチで描かれたゴーギャンのその絵の印象は、成長と共にナオミの脳裏に深く刻まれていった。
 それは自らの内にあるものが映し出されたものであることにナオミは気付いていた。

 転機は3日間行われた伝道実践の時に訪れた。

 「千葉駅をご利用の皆さん! 私たちは世界基督教統一神霊協会の教会員です!」

 ナオミは道行く人に向かって問いかける。

 「皆さん、人間は何のために生きているのでしょうか? 人生の意味とは何でしょうか? 私たちは死と共に消滅してしまう存在なのでしょうか、それとも永遠の生命を持った存在なのでしょうか?」と。

 通行する人々のほとんどは修練生たちと目を合わせることはなかった。
 あからさまに侮蔑の視線を返す人も少なくなかった。

 最終日。

 駅からはき出された一群の中に、ナオミに近づいて来る一人の若い女性がいた。
 ナオミはすぐにその女性の存在に気付いた。

 「チカだ!」

 ナオミは硬直する自分に気付いて少し不安を覚えたが、すぐに自らを奮い立たせるようにつぶやいた。

 「神様、チカがやって来ます」

 チカはナオミがNGO(非政府組織)のスタディーツアーに参加した時に知り合った同い年の女子大生である。
 フィリピンの農村やスラムを訪ね、一緒に貧困の子供たちへの教育支援の活動を行った同志だ。短い期間だったが苦楽を共にした二人は意気投合し、以来、無二の親友となった。

 冷静にチカを見つめるもう一人の自分がいることにナオミは驚いたが、待ち合わせでもしていたかのように、満面の笑みで手を振った。

 「あっ、やっぱりナオミだ。似ている子がいるなって思ったのよ。ナオミ、こんな所で何してるの?」

 「見てのとおりよ。国際協力活動に続いて、今度は宗教の伝道活動よ」

 今さら隠してもしょうがない。ナオミは実直な性格なのだ。

 「え? 伝道? 宗教?」

 「統一教会って知らない?」

 「名前は聞いたことあるけど…。ナオミって、宗教に入ってたの?」

 「入ってたっていうか…、信仰を持った親から生まれた立場だからね。世間でいう“宗教2世”っていうところかな。驚いた?」

 「まあね…。こういう所で活動してるんだから、相当熱心なんだよね?」

 「伝道活動するのは今回が初めて。熱心になるかどうかはこれからってとこかな。勉強中なの。今、教会の研修会に参加している最中で、その中のプログラムの一つがこの伝道実践ってわけ。人生の意味を求めてただ今修行中!ってとこかな」

 ナオミはカフェでおしゃべりでもするように、いつもと変わらず率直かつフランクに話した。

 「ねえ、チカ。もうすぐ研修会も終わりなの。ここで立ち話を続けるのもなんだし、今度時間を取って私の宗教体験を聞いてくれない?」

 ナオミとチカは異国の地で喜怒哀楽を共にし、悩みを分かち合った仲だ。

 「でも、宗教ってなんかやばくない? 統一教会って、マスコミでもいろいろ報道されているところだよね? 段々思い出してきたんだけど…」

 「そうだね。世間の評判はすごく悪いね。私は実際の教会の姿と社会の評判はだいぶ違うと思っているけど、大学を卒業する前に、ちゃんと自分の目で確かめようと思ってね。それで今、学んでるっていうか、調査してるっていうか…。だからね。統一教会のやっていることとか、目指しているものとかさ、まずは自分自身が理解した上でチカにも意見を聞きたいんだ。ずっと友達でいたいから…」

 ナオミはいつもと変わらない。
 チカはナオミとの再会に応じた。待ち合わせ場所は新宿の紀伊國屋書店新宿本店前。二人が話をする場所は靖国通りのジャズ喫茶「DUG」にした。
 そこが大切な人と大事な話をする場所とナオミは決めている。こういうところも父と娘は似てしまうものなのだ。

 「じゃあね」と二人は手を振って別れた。

 その時を待っていたかのように伝道実践は終了の時間を迎えた。
 二人のやりとりを心配しながら見守っていた修練会スタッフの班長や修練生たちがナオミの所に駆け寄ってきた。

 「どうだった? 親しそうに話してたけど…」

 「ええ、彼女、親友なんです。ばったり出会ってちょっと驚いたけど、『伝道学』の講座の時に講師の先生から知っている人に会うこともあるんだよって言われていたので、少しは覚悟していました。修練会が終わったら会ってじっくり話を聞いてもらうことにしました」

 「そうなの。すごいじゃない」と班長も修練生たちも興奮気味だったが、ナオミ自身は伝道意識というよりも、図らずも親友のチカに自分自身の宗教的な背景を伝えられる機会を得たことがうれしかった。

 これが証しをするとか、信仰告白をするということなのだろうか。何かずっと胸につかえていたものが取れたように、ナオミは晴れ晴れとした気持ちになっていた。

 21日間の修練会を終えてナオミは自宅に戻った。
 先に帰宅していた私がナオミを出迎える格好となった。

 「お帰り、ナオミ。お疲れさま。21修はどうだった?」とベタな質問をする。

 洗面所で手を洗いながら、「そうそう、21修でチカと会ったよ」とナオミ。

 「え? どういうこと? なんで21修でチカちゃんと会うわけ? もしかして、チカちゃんも実は祝福二世だったとか?」

 「違う違う、そうじゃなくてね。伝道実践をしてる時、千葉駅の近くでばったり会ったの。どう考えても、これって神様の導きだよねえ。パパはどう思う? 実際、私思わず、“神様、チカがやって来ます”って神様に報告しちゃったわ」

 ナオミは今度の土曜日にチカと会って21修で学んだことをシェアすることになっているのだと付け加えた。
 いったん心が決まればナオミは行動の人なのだ。

 「パパ、チカとどこで話をすると思う?」

 「さあ、どこだろう」

 「新宿のDUGだよ。ジャズをBGMに私の宗教体験記を話してあげるの。大切な人に大事なことを話す時はやっぱりDUGでしょ? それがパパのこだわりだよね? 私もそうしようと思って…」

 「そりゃ、すごい話だねえ。まあ、どこであっても、原理の話をするなら、神様が導いてくださると思うけど…。きっとナオミの隣にママが同席してしっかりサポートしてくれるんじゃないかなあ」

 私は冗談のように話しながらも、内心、確信した。
 私の両親や自分の両親を祝福に導いたように、カオリはナオミと共に霊肉界合同作戦を展開するに違いない。

 秋晴れの土曜日の午後。
 ナオミとチカは紀伊國屋書店の前で笑顔で再会した。そして大切な人と大事な話をする場所に“三人”は向かった。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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