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アウグスティヌス(中)

(光言社『中和新聞』vol.511[1999年5月1日号]「歴史に現れた世界の宗教人たち」より)

 『中和新聞』で連載した「歴史に現れた世界の宗教人たち」を毎週木曜日配信(予定)でお届けします。
 世界の宗教人たちのプロフィールやその生涯、現代に及ぼす影響などについて分かりやすく解説します。(一部、編集部が加筆・修正)

聖書との劇的出会いで回心
12年に及ぶ魂の遍歴の果てに

 385年の晩秋、アウグスティヌスは二つの忘れがたい経験をする。一つは皇帝に頌詞(しょうし)をささげる務めであり、もう一つは酔いどれ乞食との遭遇であった。

▲アウグスティヌス(ウィキペディアより)

 皇帝をたたえる役目は修辞学教師にとって名誉ある務めであった。皇帝や執政官をはじめ居並ぶ高位の人々の前で熱弁を振るうのである。宮廷に向かったアウグスティヌスは、町角で一人の乞食に出会った。乞食は酒のためか、陽気に鼻歌交じりに歩いていた。アウグスティヌスは思わずハッとした。自分は名誉と称賛を得たがゆえに幸福に浸っている。あの乞食は人から恵んでもらったお金で買った酒を飲み、幸せを味わっている。いったいどちらが幸せなのか。

 突然自分の生き方に気づかされ、自分の精神状態を見つめる経験をしたのであった。

 一方ミラノに来た母モニ力は熱心に教会に通い、司教アンブロシウスを敬愛し、息子のために続けて祈りをささげていた。アウグスティヌスもアンブロシウスの説教を聞きにしばしば教会を訪れた。アウグスティヌスはマニ教の影響で、聖書は矛盾に満ちたものと長い間思い込んでいたが、アンブロシウスの説教は聖書の文字の背後に隠されている霊的な意味を探り、明らかにするものだった。それはアウグスティヌスに深い感銘を与えた。このころからアウグスティヌスは自発的に聖書をひもとくようになった。

 3865月ごろ、アウグスティヌスは新プラトン派の書物を手にし、霊的世界と神の存在について新しい認識を与えられた。しかもそれは教会で聞いていたキリスト教の教え、福音書やパウロの言葉とも類似しており、彼の関心を呼び起こした。

 新プラトン派との出会いはアウグスティヌスの知的回心といわれている。しかしこれだけでは不十分であった。聖書を読み、その内容を理解できるようになることと、その教えに従い、実際に生活することとは異なるからである。

 ある日のこと、エジプトの隠修士アントニウスの話を聞いたアウグスティヌスは、自分の姿に目をそむけ、自分から逃れようとする自分を感じ、自分自身に直面するように努めてみた。

 自己の歩みを回顧する。キケロの『ホルテンシウス』を読み、精神を高揚させ、知恵を愛し、真理を求め、不安な魂の遍歴を始めてから12年。迷信と懐疑に引かれ、肉体の快楽に浸り、名誉を追い続けた生活。「学問がありながら心のない」(『告白録』第8819節)生きざまを繰り返す。

 長年の悪習慣から抜け出したいと思い、新しい歩みを踏み出そうとする心、それを妨げようとする意志、この世の快楽を懐かしがる心身…。アウグスティヌスの中では前へ進もうとする意志と後へ引こうとする意志が激しく争い始めた。それは自分自身の内における自分自身との闘いであった。

 アウグスティヌスは家の庭に出て木陰に身を寄せた。彼には自分の惨めな状態がだんだん見え始めた。長い間、欲望に打ち勝とうとするより、それを楽しむことを望んできた。

 魂の奥底にひそむ自分の醜い姿を引き出し、その真実な有り様を目の前に据えた時、精神がぐらつき、涙があふれ出た。なぜ、今、ここですべてを断ち切って新しく生きる決意をしないのか。煩悶(はんもん)しては心は波打つ。

 その時、隣家の庭で遊んでいた子供たちの清らかな歌声が響いてきた。「取って読め、取って読め」。アウグスティヌスは急いで部屋に帰り、聖書を手に取って読んだ。「宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか。あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たすことに心を向けてはならない」(ローマ人への手紙131314節)

 アウグスティヌスの心は震え、やがて静まった。ほのかな光と平安が差し込んできた。

(続く)

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 次回は、「アウグスティヌス(下)」をお届けします。